高身長クライマー不利説

高身長クライマー不利説

先日、こんなことをつぶやきました。

その数日後、「ROCK&SNOW」最新号(第82号)を買ったら、Jack中根さんが「クライミングのハンディキャップ」について書かれていました。なんたる偶然。主旨は「高身長クライマーは不利」。いろいろ細かく検証されているのですが、トドメとなるのは「背が高いと有利なのであれば、トップクライマーは皆2m超えになるはず」というお言葉です。

日本のクライミング(ボルダング)ジムに限って言えば、身長165cmくらいのクライマーがいちばん登りやすいはず。何故なら、セッターにそのくらいの身長の人が多いからです。にもかかわらず、身長165cmくらいのクライマーに限って「リーチの不足をいかに克服するか」と我が身のハンディキャップを強調する傾向があります。それはたぶん初心者の頃、やさしめの課題でホールドのかかりが良く「届けば勝ち」の課題で苦汁をなめた経験が忘れられないからでしょう。しかし課題が難しくなるにつれて、「届けば勝ち」なんて単純な課題はなくなり、いかに全身をホールドの配置や向き、かかり具合にフィットさせるかが勝負のカギとなります。

身長と筋力と体重の相関関係

身長と筋力と体重の相関関係については、「ROCK&SNOW」第19号で山岸尚将さんが先鞭をつけておられます。

ここで2人のクライマー、小山田小と彼と同じ体形で2倍の身長がある大山田大に登場してもらおう(フィクションです)。
大くんは小ちゃんの4倍の力がある。筋肉の力は断面積に比例するからだ。大くんの筋肉の直径は小ちゃんの2倍だから、断面積は4倍なのだ。当然、大くんは力仕事が得意。しかし、自分自身の体を持ち上げるのは不得意だ。なにしろ大くんの体重は、小ちゃんのなんと8倍もある。質量は長さの3乗に比例するからだ。いくら力が4倍あっても、哀れな大くんの力は、体重割では小ちゃんの半分しかない。

そして、大くんが感じるホールドの大きさ(面積)は、小ちゃんのなんと4分の1。悪いスタンスでも、如実に差が出るだろう。見た目ではわからないが、大くんは登っている間、弱々しい筋肉で、常に重い体重と、狭い(消耗する)ムーブと小さいホールドを感じ続けているのだ。

「狭い」だけではない

Jack中根さんも山岸さんもさりげなく「狭い」ムーブに言及されていますが、この点について掘り下げてみましょう。

重心が壁から離れる

小さいクライマーが設定した課題に大きいクライマーが取り付くと、ホールドの間隔がすべて狭い。肘が上がり、腰が引けます。「身体が余る」と表現される状態です。

東秀磯さんが「スポーツクライミング教本」のなかで「壁に腰をつけられる下半身の柔軟性」(p.19)として腕にかかる負荷を計算されています。

体重60kgのクライマーが手と足の間隔が1mに配置されたホールドに取り付きます。重心が壁から20cm離れていると、左右の手にそれぞれ6kgの負荷がかかります。重心が壁から50cm離れていると、左右の手にそれぞれ15kgの負荷がかかります。見た目にはわずかの差ですが、負荷は3倍近くになるわけです。

大きいクライマーはただでさえ体重が重いのに重心が壁から離れるため、小さいクライマーの何倍も消耗します。

ホールドを掛かりの良い方向に持てない

身体が余り、腰が引けて、肘が上がると、ホールドを掛かりの良い方向に持てなくなります。ただでさえ小さかったり、掛かりが悪かったりするホールドを手前に引かなくてはなりません。身長と筋力と体重の相関関係よりも、重心の問題よりも、こちらのほうがずっと深刻な問題です

山岸さんを真似して、小くん(150cm)、中くん(170cm)、大くん(190cm)がいるとします。中くんがセッターとなり、小さくて掛かりの悪いホールドを使って、自分のサイズに合った課題を作ります。

中くんにとっては快適な距離感であり、各ホールドを保持することになんの問題もありません。両手が伸び切ることはなく、次のムーブを起こす余裕が十分にあります。

小くんが取り付くと、かなりパツンパツンですが、重心が壁にピタリと密着して、ホールドをいちばん掛かりの良い方向に引くことができます。その体勢から次のムーブをどう起こすかという問題は残りますが、じっとそこにとどまる限りは3人のなかでいちばん力を使わずに済みます。

大くんが取り付くと……いや、取り付ければの話ですが、仮に中くんと同じ体重だったとしてもかなり苦労します。ただでさえ掛かりの悪いホールドを手前に引くように持たなくてはなりません。鬼の形相で持ちこたえたとしても、次のムーブを起こす余裕はありません。この瞬間、小くんと大くんを比較すると、どちらも静止しているのは同じですが、小くんはあまり力を使っていないのに対して、大くんは保持力を限界までふり絞っています。

オポジションを利かすことができない

段違いの2個の三角ボテ

段違いの2個の三角ボテを左右の手で保持し、手に足ヒールで次のホールドを取りに行く課題を想像してください。

各々の三角ボテはほとんど掴む場所がなく、表面がスベスベなので、単独で保持することは困難ですが、左右の手でオポジションを利かす(内側に引き寄せる)ことで保持します。

大くんにとっては、左右のホールドが近すぎて、オポジションを利かすことができません。ただでさえ保持するのが困難な三角ボテを手前に引くように持たなくてはなりません。強引に手に足ヒールを上げようとすれば、重心(腰)が壁から離れて、手がすっぽ抜けて落ちます。

これは左右の極小サイドカチを挟むように持ったり、左右のスローパーを抱き寄せて持つ場合にも当てはまります。大くんはホールドに力を伝える術がなく、保持力を発揮する前に落ちてしまいます。

トウフックが利かない

手に足ヒールフックではなく、手に足トウフックという課題を想像してください。小くんはパツンパツンですが、その代わりにバチ利きします。大くんはホールドの間隔が近いため腰が「く」の字に落ちてしまい、トウフックが利きません。ヒールフックなら足腰の力で巻き込んである程度カバーできますが、トウフックでは力を入れにくく、よりいっそう身体のサイズに影響を受けやすくなります。

凹角から吐き出される

フットホールドの場合も同様です。凹角に両足を突っ張り棒のように利かせて立つ2つの粒ホールドがあるとします。小くんは中くんよりも大きな開脚を強いられます。大くんはしっかり開脚する前に落ちる公算が大です。ホールドの間隔が狭いので、左右に突っ張るように乗ることはできません。シューズのアウトサイドでエッジングを利かせて乗るにはホールドが悪すぎます。重心が凹角に入りきらない(お尻が突き出す)ので、バランスを崩して後ろに倒れるか、足が滑って落ちてしまいます。

狭遠い(せまどおい)

極悪なデカスローパーからゴールホールドに向かって飛び出す課題を想像してください。

スローパーと、その下にあるフットホールドの距離が近い。中くんは壁沿いにすっと立ち上がれば自然にゴールがとれます。小くんは距離が遠くなりますが、ぽんと爽快に跳ねてゴールを留めることができます。しかし、大くんはスローパーを押さえてそこにとどまるだけで精一杯。腰は壁から離れ、お尻はフットホールドより下がっているくらいです。

その体勢から強引にムーブを起こすと、壁を奧に向かって蹴る力が働くため、壁から離れる方向に飛び出してしまいます。運よくゴールにさわれたとしても、よほど掛かりの良いホールドでないと止めることはできません。

小さいクライマーと比較すると、次のホールドまでの相対的な距離は近いのに、狭いがゆえに遠く感じる。これを私は「狭遠い(せまどおい)」と呼んでいます。

コンペ仕様のジムではいっそう不利

典型的な「まぶしホールド」壁

ひと昔前のジムでは、いわゆる「まぶしホールド」と言って、大量のホールドを壁にランダムに取り付けて、セッターが適当にホールドを選んで課題を設定するのが主流でした。緻密に計算して配置したホールドではないので、ごまかしが利きやすかった。大きいクライマーはホールドを飛ばして難所をしのいだり、セッターが想定していなかったようなホールドの持ち方を工夫したり、最終的には根性でホールドを握り倒して、課題をねじ伏せることができました。

最近は課題に必要なホールドだけを緻密に計算して取り付けるジムが増えてきました。いわば「コンペ仕様」です。そうなると、セッターと近いサイズのクライマーがいっそう有利になります。ときどき小さいクライマーや大きいクライマーのほうが登りやすい課題がありますが、そんなのはせいぜい全体の10分の1くらいでしょう。

こんな不公平なスポーツは他にないかもしれない

他のスポーツで身長による有利不利を思考実験してみましょう。

マラソンで42.195㎞を走る場合、大きいランナーは相対的な距離が短くなるぶん有利です。しかし筋力に対して体重が重いので、長距離を走り切る体力面では不利です。小さいランナーはこれが逆になります。距離(長さ)と筋力(断面積=長さの2乗)と体重(体積=長さの3乗)のうち、どの要素がいちばんマラソンに重要なのかは断定できません。極端に大きかったり小さかったりしないかぎり、公平だと言えるでしょう。

ボクシングや柔道などの格闘技では体重制が導入されています。体重=身長ではありませんが、体重が大きい選手は身長も比例して大きい。選手同士がパワーをぶつけ合うスポーツでは基本的に体重が重い(≒身長が高い)ほうが有利です。ところが、かつてK-1で中量級のガオグライが重量級のマイティー・モーをハイキック一閃で倒した試合がありました。あの番狂わせはどうして実現したのか。ひとつ言えることは、ガオグライは体格面では不利だったが自分のまわりの空間を自由に使うことができたということです。相手との間合い、タイミングを好きなようにコントロールできました。

それにひきかえボルダリングはどうでしょうか。ホールドの配置や向き、かかり具合は完全に固定されています。セッターの体格に合わせて登りやすく(あるいは登りにくく)設定されています。身体のサイズに合わないからと言って、ホールドを移動することはできません。たとえば100m走の選手がスターティングブロックを自分の好みに合わせて調整する程度の自由さえありません。

こんな不公平なスポーツはちょっと他に思いつきません。体格による有利不利が顕著であるにもかかわらず、体重制も身長制もない稀有なスポーツだと言えるでしょう。

小柄なオーナー、スタッフ、セッターが多い理由

冒頭で書いた「クライミングジムのオーナーもスタッフもセッターも165cmくらいの背丈の人が多い」件について掘り下げてみます。

オーナーさんやスタッフさんやセッターさんに身長を聞いて回ったわけではありません。でも、私の目線あたりに頭のてっぺんがある人があまりにも多いので、あながち観測違いではないと思います。日本人の成年男子の平均身長は170cmくらいなのに、日本のジムではオーナーさんやスタッフさんやセッターさんに165cmくらいの人が多い(あくまで主観です!)。

それは何故か。

Jack中根さんが書かれている「身長が平均より8cm低い162cmのほうが、8cm高い178cmよりずっといい」がヒントになります。

セッターより小さいクライマーは不利ですが、それを補って余りある有利さ(体重が軽い、ホールドを大きく感じる、など)を備えています。小さいクライマー向けに「お助けホールド」の救済策が用意されることも有利に働きます。平均身長くらいのセッターが設定した課題を、やや小さいくらいのクライマーはそつなくこなします。

いかにも頼りなさそうなモヤシ体型だとなおのことよろしい。パワーとスピードを競う他のスポーツでは不利になりそうな人がこの分野では圧倒的に有利になります。上達するにしたがい、ジムのスタッフと意気投合し、女性客から尊敬のまなざしで見つめられます。なんと居心地が良い世界でしょう。彼はクライミング(ボルダリング)にのめりこみ、やがて自身がジムのスタッフとなり、セッターとなり、ときにはオーナーとなります。

このサイクルを繰り返すと、ジムの関係者、常連客の平均身長は低くなっていきます。大きいクライマーは環境に適応できず、淘汰されていきます。とは言っても、無限に低くなることはありません。日本人男性の身長の分布はある統計によると、170cmくらいが最大で32.95%、165cmくらいが27.82%、160cmになるとぐっと減って11.9%となります。絶対数が多い165cmくらいで下げ止まるのが自然です。

大きいクライマーに愛の手を

こうもつぶやいたことがあります。

へっぴり腰を笑わないで

大きいクライマーは狭い課題をへっぴり腰で登らざるを得ません。ホールドの間隔が狭いので、壁に腰を付けたくても付けられないのです。そして、前述したもろもろの理由により、簡単に課題から振り落とされてしまいます。物理的に勝ち目のない戦いをたたかっています。どうか「デカい図体して下手くそなやつだ」なんてバカにしないでください。

ジムに同じ料金を払って入場しているのに、小さいクライマーばかりが楽しめる課題で埋め尽くされているとガッカリします。いっそ既存課題を無視して、課題を自作すれば良さそうなものですが、昨今の「コンペ仕様」の壁ではホールドの選択肢が少なくて思うに任せません。「まぶしホールド」の壁だったとしても、黙々と自作課題を打っていると、異様な目で見られがちです。

公平な課題を設定するのは難しい

セッターの皆さんにはぜひ大きいクライマーのことを気にかけて欲しい。しかし、見通しは明るくありません。何故なら、小柄なセッターは狭い課題に苦しんだ経験がなく、これからも経験することはないからです。さらに、女性客を含めると、ジムの客層全体の平均身長は165cmくらいに落ち着くという大義名分があります。(女性の平均身長より高く、男性の平均身長より低いという、どっちつかず問題が発生しますが)

大きいクライマーにも小さいクライマーにも公平な課題を設定するのは難しい。課題の設定者名(と身長、リーチ)を公開するのが現実的な妥協案かもしれません。実際、一部のジムではスタートホールドのシールに課題者の名前(あだ名、トレードマーク)を記載していたりします。「このセッターの課題はまったくもってサイズが合わないから、登れなくても仕方がない」という言い訳になります。

小柄なオーナーがジムの大半の課題を設定しているジムだと、大きいクライマーはストレスが溜まります。平均身長くらいのスタッフを育てて、課題のバリエーションを増やしてほしい。170cmくらいの男性と158cmくらいの女性がいれば理想的です。もちろん平均より大柄な男性や、平均より小柄な女性もいたほうが良い。課題のセットを外注するときは、ネームバリューだけでなく、身長やリーチのバランスを考慮して欲しいものです。

小さいセッターが作った課題を見ると、こう考えることがあります。

「ホールドの相対的な配置はそのままで、ホールドの間隔を広げて、ホールドのサイズを大きくしてくれれば、すんなり登れるんだけどなぁ」

とあるジムで、小さいセッターが作った課題に大きいクライマーたちが苦労していました。難所を切り抜けるには、ホールドを飛ばす決死のムーブを繰り出すしかありません。皆がよってたかってそのムーブでトライしました。それを眺めていた小さいセッター氏は、おもむろにドリルを手に取り、絶対に飛ばせないようにホールドの位置を調整してくださいました。


以上、ジム限定の極論を展開してみました。よく小さいクライマーは「ジムでは不利だが、自然の岩場なら工夫のしようがある」なんて言われますが、昨今は大きいクライマーにこそその言葉が当てはまるように思われます。

変更履歴

  • 初公開(2018年12月23日)
  • 「こんな不公平なスポーツは他にないかもしれない」を追加しました。(2019年3月30日)
Tips
神山オンライン

コメント