登山オーバーミトン~白馬岳で吹き飛ばされた

予期せ突風

ある年の4月初旬、栂池ヒュッテ付近に設営したBCから、白馬岳に向かって長躯アタックを試みました。二つ玉低気圧が日本列島を縦断している最中で、猛烈な風が吹き荒れていました。明日には下山しなくてはなりません。諦めきれず、行けるところまで行ってみよう、と猪突猛進したのです。

自分が過去に経験したなかで最大級の強風でした。新田次郎の「孤高の人」で、加藤文太郎が冬富士を登る描写があります。

一般的にいって突風が起る前には前兆があった。突風の来る方向に風の気配があった。方向もおおよそ予想されているから、突風の起る方向にあらかじめ用意していることができた。

このあと「ところが、富士山の突風は、どこからともなく出現した。」と続きます。白馬岳で私は、突風が来る直前に訪れる一瞬の静寂のようなものを感知しました。あぁ、これのことかと納得しました。富士山頂の測候所に勤務し、山の気象を知り尽くしていた新田次郎の面目躍如たる文章ではないでしょうか。

乗鞍岳に着いて、写真を撮ろうとしたのか、行動時間のメモをとろうとしたのか、オーバー手袋をはずして、小脇にはさみました。気が緩んで、脇が甘くなっていたのでしょう、予期せぬ突風がオーバー手袋を吹き飛ばしました。それはもう追いかける気が起きないほど一瞬で視界から消えました。私は茫然と立ち尽くしました。サブザックの中にオーバー手袋の代用になるものはあったっけ……。万全の装備だったとしてもギリギリの状況で、重要な装備のひとつを失くしたまま無事頂上に立って戻ってこれるとは思えませんでした。私はくるりと踵を返して、今しがた苦労して登ってきた急斜面を降り始めたのです。

自撮りした写真のサングラスにはオーバーミトンを吹き飛ばされた左腕が写り込んでいます。フードのドローコードは強風で水平にたなびいています。

残雪の白馬岳で僕の心はもう街に向かっていた
私は湿った寝袋の中でぐったりとしていた。「下山しよう。そして列車の中でゆったりと眠るのだ」明け方、最後のコーヒーのためにお湯を沸かしているとき、とうとう火が消えた。私の心はもう街に向かっていた。こうして決断を引き延ばしているのは、一抹の不甲斐なさを感じているからだ。

オーバー手袋を自分で目止めするのは難しい

初めて買った2本指のオーバー手袋(確かICI石井スポーツのオリジナル)はナイロン製で、目止めされていませんでした。ラッセルで雪をかきわけると、じっとりと濡れて、内側の手袋に沁みてきました。稜線に出ると、手指が凍えました。自分で縫い目に目止め液を塗りこんでみましたが、オーバー手袋は屈曲部が多く、手荒に扱う道具なので、すぐに剥がれてきて、見た目が汚らしくなりました。

オーバーミトンかオーバーグローブか

それぞれの長所短所、という話ではなく、呼び方について素朴な疑問があります。5本指の手袋の上に装着しても「オーバーミトン」なの? というのは屁理屈で、よく考えると、ミトンの上に装着するから「オーバーミトン」なのではなく、自身がミトンの形状をしているから「オーバーミトン」なのですね。私個人はなんとなく「オーバー手袋」と呼んできました。

オーバーミトンは肘くらいまで覆う長さがほしい

最近は、オーバーグローブにしろオーバーミトンにしろ、前腕を半分くらい覆う短い丈の製品が主流です。樹林帯のラッセルで雪をかき分けたり、バランスを崩して手を突くような場面では、雪が侵入しやすそうで不安です。最近はそんな泥臭い登山をする人が少ないので、丈が長い製品は廃れたのでしょうか。できるだけ長い製品を探すしかありません。モンベルショップが身近にあるので、お値段もお手頃な「トリガーフィンガーオーバーミトン」を購入しました。

私が買ったのは防水透湿メンブレンとして「OutDry」が採用されていましたが、現行モデルでは「ドライテック」に変更されています。

オーバーミトンの紛失対策としてリーシュコードを付ける

オーバーミトンを強風のなかで外す状況は珍しくありません。紛失対策として、挿入口にゴム紐の輪っかを付けておく必要があります。装着するときに一緒に前腕を通し、外すときはゴム紐の輪っかだけ前腕に残してぶら下げます。挿入口にはそのための小さな輪っかが付いているものです。「トリガーフィンガーオーバーミトン」には最初からリーシュコードが付いています。リーシュコードが破損した場合には自分で付けられるように赤い小さな輪が付いています。

油断大敵! せっかくのリーシュコードも使わなければ意味がない

先日、八ヶ岳に出かけたときのこと、美濃戸口から入山して、山道に入る直前の広場で橋のたもとに平たい岩があります。ザックを立てかけ、脱いだオーバー手袋を不用意にそこへ置きました。次の瞬間、軽く風が吹いた拍子にオーバー手袋が川のほうへ転がり始めるではありませんか。落ちたら大変。流されてしまったら入山前敗退です。まわりに人がいたのですが、なりふり構わずビーチ・フラッグスのように飛びつき、雪まみれになりました。我ながら懲りないものです。

その他のオーバーミトン、オーバーグローブ

THE NORTH FACE / L3ガイドオーバーグローブ

20デニールのGORE-TEX生地を使用し、フルシームシーリング。手のひらに山羊革が貼られており、モノを掴みやすい。

ISUKA / ウェザーテック オーバーミトン

ISUKA独自の防水透湿素材ウェザーテックを使用。

ISUKA / ウェザーテック オーバーグローブ

ISUKA独自の防水透湿素材ウェザーテックを使用。

ヘリテイジ / GORE WINDSTOPPER オーバーミトン3本指

ゴア ウィンドストッパー素材を使用。シームシーリングはされていません。手のひらにはグリップ素材が貼られていません。

ヘリテイジ / イーベント ウォータープルーフ オーバーグローブ

ゴアテックスより透湿性がすぐれると言われているeVent WATERPROOF素材を使用。ただし、シームシーリングをしていないので完全防水ではありません。

BlackDiamond / ウォータープルーフ オーバーミット

ストレッチ性を備えた防水透湿シェルファブリックに完全シームテープ処理を施した、軽量パッカブルなオーバーミトンです。

AXESQUIN / フィンガースルーミトン オリジナル

人差し指の側面を止水ファスナーで開くことができるユニークなオーバーミトン。手のひらがパックリと割れるタイプとはことなり、雪が侵入しにくいです。

AXESQUIN / GORE-TEXグリップ

GORE Gripテクノロジー採用。完全防水をうたっています。ゴア社の厳しい基準をクリアしているところが心強い。

AXESQUIN / オーバーミトン LONG

防水透湿性素材を使用し、シームシーリングしてあります。手のひらには牛革を使用。肘近くまで長さがあり、深雪のラッセルでも安心です。

oxtos / オーバーミトン

痒い所に手が届くモノ作りでお馴染みのオクトス製品。防水透湿性素材を使用し、シームシーリングしてあります。安価ですが、手のひらにはグリップ素材が貼られていません。

まとめ

オーバーミトンやオーバーグローブではなく、内側に嵌める手袋についてはこちらの記事をご参照ください。

雪山登山、達人が選ぶグローブ
樹林帯の登高で濡れた手袋はスペアと交換し、フトコロ(重ね着したアンダーウェアのあいだ)に入れて体温で乾かしながら行動を続けます。濡れては乾かし、濡れては乾かし、とローテーションします。露営中に火であぶるより効率が良さそうです。

コメント