あとはベースキャンプに戻るだけです。ところどころ登り返しがありますが、全体的には下りですから問題ないはず。そう楽観して帰途につきましたが、これがなかなかどうして、最後まで振り絞ることになりました。
前回の記事はこちらです。
白馬岳の雪男?
三国境に戻ってきました。ここも視界が悪い時には迷いやすそうな場所です。馬ノ背へつづく船窪状の地形がそれに拍車をかけています。
そんなことを思いながら稜線を見上げた時、ドーム状の雪面にひときわ白い点(線?面?)が見えました。
「えっ、登山者?」
上の写真をクローズアップすると、横長の黒い線が見えます。肉眼ではそのあたりが白く輝いていました。歩を進めながら、ときどき振り返ると、それは徐々に上に移動しています。
「誰ともすれ違わなかったのに、いったいどこからやって来たのだろう。あのへんに登り着くバリエーションルートがあったっけ。それにしても白一色のコーディネートはぶっ飛んでるなぁ」
今にして思えば、それは自然のいたずらで、太陽の光が反射していただけでしょう。こちらが移動するにしたがって、反射する位置が移動して見えただけだと思います。まちがっても雪男ではありません。
小蓮華山〜白馬大池
スノーシューを回収
小蓮華山への登り返しは、下ってきた惰性を利用する感覚でなんとかこなしました。デポしたスノーシューを忘れずに回収します。
船越ノ頭近くで初めて人と遭遇
船越ノ頭近くまで来た時、今回の山中で初めて人と遭遇しました。スノーボードとスキーの両刀使い?の方達だったと思います。ものすごい晴天を互いに喜び合いました。谷側に滑走するのでしょうか。こんな高みまで攻めてくる方達に感服しました。と同時に、心の中で「ここでは1月に雪崩事故が発生しました。お気をつけて」と。
下山路を見はるかす
ベースキャンプまでははるかに遠い。せめて船越ノ頭から乗鞍岳に向かってショートカットしたくなります。
雷鳥坂を続々と
スキーヤーの方達とすれちがいました。たぶん下りはひとっ飛び。うらやましい。
白馬大池の迂回ルート
雷鳥坂の上部から白馬大池の迂回ルートを見下ろしました。写真の左端、地面が露出したあたりには、視界不良時の道迷いを防止するためにケルンがいくつも積まれています。昔、そのどれかに腰掛けて、一晩「風雪のビバーク」を経験しました。
白馬大池〜乗鞍岳
跡地
白馬大池まで戻ってきました。気温が上がり、朝よりも足がもぐります。ここらでスノーシューに履き替えれば良かったのですが、「もしかすると栂池ロープウェイの最終便に間に合うかもしれない」と気ばかり焦って、その手間を惜しみました。急がば回れの格言に従うべきでした。
雪のブロックが積まれた「跡地」にいましがたテントを設営し終えたらしい単独行の男性が、こちらに歩いてきました。偵察でしょうか。ウェアに年季が入っているようにお見受けします。もしかして、昔私も持っていた赤いナイロンのダブルジャケットとパンツではないでしょうか。
私は天狗原から白馬岳を往復している最中だと告げました。その男性も明日、白馬岳を往復して、その足で下山する予定とのこと。
「ベースキャンプは絶対ここ(白馬大池)がいいですよ」と私は吐露しました。
「天狗原からだとロープウェイの最終便に間に合うかきわどい。私は間に合いそうもありません。足が速い人なら大丈夫でしょうけど」
白馬砂漠
私は疲れた足で白馬大池を横断しました。ふと思いついて、スマホのGPS(YAMAP)で現在地を確認しました。やはり白馬大池の真ん中を横断していました。
だだっ広い雪原を歩いていると、思考は白い景色に溶け去って、白馬は駱駝に化身して、砂漠を歩いている気分に。そう、ここは東京砂漠……じゃなくて、白馬砂漠だ。
いや別に幻覚を見たわけではありません。それくらい非日常の感覚にとらわれました。
乗鞍岳のケルン
乗鞍岳への登り返しがしんどかった。が、登りきってしまえば、ところどころメインルート沿いのロープが露出しているので、安心して歩くことができました。この付近では昨年末にバックカントリースキーの方達が道迷いで遭難(雪洞でビバーク)し、警察に救助を要請する騒ぎが起きています。
ベースキャンプを見下ろす
2437mピークの岩塊の横から、天狗原に向かって大斜面を下りていきます。祠のあたりにかすかに黄色のテントが見えます。
赤布の標識
大斜面のところどころに赤布の標識が刺さっています。白馬大池にもありました。朝にはなかったはず。今日登ってきた方達のどなたかが刺したのでしょう。
大斜面の照り返し
大斜面には縦横無尽に、スキー跡、スノーボード跡、スノーシュー跡、そしてツボ足の跡が入り乱れています。
天狗原の祠にたどり着いた時、船越ノ頭で会ったお二人が追いついてきました。谷筋は滑らなかったようです。
「ロープウェイの最終、間に合いますか? 頑張ってください」と心配してくれました。
「いえ、今日はここに泊まります。そこにテントを張ってあるんですよ」
お二人はしばらく休憩して、下山していかれました。
ベースキャンプ
安住の地
安住の地に帰還しました。「ホテル天狗原」は、朝に出発した時と同じ静謐なたたずまいで迎えてくれました。実はこのあたり、昼間には鳥の姿が見られるので、もしかすると荒らされはしないかと心配していました。
無風なのに這松が傾いでいるのがよくわかります。年がら年中吹いているであろう乗鞍岳からの吹き下ろしの仕業です。
冷たい水
行動中は500ml×2=1リットルのホットレモンを飲みましたが、炎天下で喉が乾きました。嬉しいことに、ポリ袋に入れて放置した雪が溶けており、2リットルほどの水を労せずして得ることができました。
ゴクゴクと飲む。ん、ちょっとエグい味がする。ポリ袋の匂いが移ったのか、それとも、もともと雪がこんな味をしているのか。たぶん前者。なにせこの厚手の赤いポリ袋、30年以上前に東急ハンズで買った束の残りです。少々分解が進んでいてもおかしくない。つくづく物持ちがいいなぁ、自分。匂いのつかないポリ袋を新調する必要がありそうです。
達成感の余禄
当日中の下山はなりませんでしたが、「ホテル天狗原」でもう一泊するのもオツなものです。寒くなく、風もない。出入り口をあけはなしたまま、ひと眠りしました。
夜は音楽を聴いたり、ラジオを聴いたり。
最近よく聴いているのは、宇多田ヒカルの「Fantôme」。「人間活動」という名の長期休養を明けたあとのアルバム(2016年9月リリース)です。
FM長野では、映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」で第90回アカデミー賞のメイクアップ賞を受賞した方のインタビューなど。
別れの朝
黎明
真ん中の特徴的な稜線は、高塚山でしょうか。
再見
まだ明けきらぬ「ホテル天狗原」。ポールが一箇所ひん曲がっています。このテントを買ってから20年以上が立ちました。そろそろ買い替えどきかな。
「天狗原に泊まることはもうないかもしれない。このコースを登るのは最後かもしれない」
いやいや決めつける必要はありません。またいつか来る日のために、気楽に「再見」。
文明の地へ
のんびりとテントを撤収。栂池ロープウェイの「自然園駅」までスノーシューで下ってみました。急斜面の下りだとやはり危なっかしい。横向きで降りるのも限度がある。途中でギブアップし、ツボ足に切り替えました。
栂池ロープウェイで同乗したのは、一昨日と同じスタッフの方でした。
「四半世紀前の宿題を片付けました」
「リベンジ成功ですね。達成感がすごいんじゃないですか」
達成感、という言葉を、青年から聞けたことを嬉しく思いました。
付録
ゴンドラリフト「イブ」栂池高原駅の掲示物を紹介して終わります。
残雪の白馬岳について、この記事にいたるまでの経緯はこちらです。
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