登山テント遍歴(3)~忘れられないツェルト泊

「忘れられないツェルト泊」と書くと、雪山の厳しいビバークを想像しそうですが、辺鄙でのどかな山村で簡易テントとして利用した経験談です。

九州の脊梁山脈で「霧立越」「向霧立越」と呼ばれる山域を登ったときのこと。霧立越を北へ縦走し、谷筋の林道におりてきたところ、宿泊地として目を付けていた山道も造林小屋も見つからない。水も得られない。仕方なく、縦走したのと同じ距離だけ林道を歩いて戻りました。辺鄙な山村の子供たちが遊んでいるわきを通りかかると、飼い犬がウゥ~と低く唸りながら身構えています。大きなキスリングを背負った異形のよそ者を厳重警戒したのでしょう。

椎葉村立尾向小学校(春休み中)の宿直室をたずね、「旅の者ですが小さなテントを張らせてもらえませんか」とお願いしたら、すんなり許可をもらえました。サッカーのゴールポストの中にツェルトを吊り下げると、宿直の方が「夜、子供たちがサッカーしに来るかもしれないよ」と一言。私は「???」。

夕食をすませ、インスタントコーヒーを飲みながらくつろいでいると、外の闇が急に明るくなりました。ザッザッ、ザザザッと土の上を走る音がする。外をうかがうと、水銀灯の光の下で2~3人がサッカーボールを蹴っていました。もしかすると、いまツェルトを張っているこのゴールポストを普段は使っているのかもしれません。ごめんよ。引っ込んでいると、今度はツェルトの布地にくんくん鼻面をこすりつけるヤツがいる。近所の飼い犬らしい。

のどかな一夜を過ごし、翌日は国見岳を往復。戻ってきたら、一日に数本しかないバスに間に合いませんでした。そのままもう一泊。翌朝は本降りの雨でした。ツェルトの布地が水を含み、だらんと垂れて、内部が狭くなっています。どこかでオルガンの音がする。それは小学校に併設された幼稚園?から響いてきます。荷物をまとめて、木造の黒い瓦屋根のわきを通りかかったとき、ちょうど御婦人が子供の手を引いて出てくるところでした。音楽教師が子供にオルガンを教えていたようです。

椎葉村の中心までバスで戻り、乗り換えまで長い時間を待ち潰しました。いったん出てきた喫茶店にもう一度入り直しました。待ちながら、車軸を流すような雨をながめました。

この山行の写真は一枚もなし。写真映えのするアルペン的な風景を望める山域ではありませんでした。樹林に包まれた山々の輪郭はあいまいです。のどかな小学校の校庭ばかりが遠い郷愁とともに脳裏に焼き付いています。

あの辺鄙な山村をまた訪れる日は来るでしょうか。

 

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