
新田次郎「孤高の人」の一節。
加藤は山日記を閉じた。こまかいことはいま書かないでもいい。山をおりて、汽車の中で、道中のことを思い出しながらゆっくり書けばいい。彼の懐中電灯を針の木小屋の隅々にまで当てる。針の木小屋の中には雪がうず高くつもっていた。
下山後の電車で、線路の揺れの間隙をとらえて、ペンを走らせるとき、必ずこのくだりを思い出します。
スマホ全盛の昨今、推敲して何度でも書き直しできる電子的なメモ帳を試したこともあります。しかし「推敲して何度でも書き直しできる」メリットこそが逆にデメリットと感じました。へんな文章を残したくないという自意識から、なかなか筆が進まないのです。
日常生活に戻って、会報やブログで登山内容を報告するなら、書斎で存分に推敲すればよろしい。が、現場でそこに精力をそそぐと、肝心の目の前にある山に浸ることができません。
「生の一回性」という言葉があります。書きなぐり、書き直すことができないペンの航跡こそが、登山の一瞬を紙の上に焼き付けるのです。
「山日記」--登山記録ノートとして、いろいろなタイプのノートを使ってきました。2010年頃でしたか、ウルトラライトが流行しはじめた頃、私も影響を受けて極小極薄のメモ帳とシャープペンシルを購入しました。
極小極薄のメモ帳とシャープペンシル

登山記録ノートを刷新するにあたって次の条件を考慮しました。
- サイズやデザインを統一すること
- 製品が安定供給されること
山行記録を蓄積して書棚等に並べたとき、壮観であってほしい。デザインがころころ変わったり、ある日突然製造中止になったりしては困ります。
メモ帳=DAIGOのHandy pickシリーズ

長年安定供給されているDAIGOのHandy pickシリーズに決めました。過去にDAIGOのウィークリー手帳
を使った経験があります。Handy pickシリーズは、手帳のカバー裏に差し込んでメモ欄として追加できますし、単独で超スリムな手帳として使うこともできます。自由に書きなぐりたいので、「メモ55」(無地、ミシン目入り)を選択しました。手元にある型番はC8014ですが、現行モデルはC5013
となっています。若干、表紙の文字配置が変わりましたが、基本デザイン(灰色と紺色のツートンカラー)は変わっていません。
昔はルーズリーフ式のシステム手帳を使っていましたが、野口悠紀雄さんの「「超」整理法」で“紙のメモはノート(冊子式)に戻れ”と書かれたあたりから風向きが変わりました。ウルトラライト志向とも合致して、バインダー分の重量を軽量化できる冊子式に回帰しました。スマートフォンが普及した現在はデジタル式が視野に入ってきますが、バッテリーの問題を考慮すると、やはり「紙」への信頼感は絶大です。
シャープペン=プラチナ万年筆のMTE-100

故障しにくいこと、いざとなれば水中でも書ける(!)ことを考慮して、ボールペンではなくシャープペン(鉛筆)を選択しました。特にメーカーにこだわりはありませんが、たまたま店頭で手に取ったのがプラチナ万年筆の「MTE-100」でした。消しゴム付きのシンプルで最安の商品です。タグを見ると、消費税が5%の時代に買ったことがわかります。
チャック付ポリ袋に入れて防滴対策

チャック付ポリ袋に入れて防滴対策しています。ヘッドランプ用の単四電池もいっしょに入れています。
メモ帳、シャープペンともに小さいので、行動中はザックの雨蓋の上に押しつけながら筆記します。風雨のなかで慌ただしく筆記するにはギリギリのサイズ感です。
記入例
お決まりのコースタイム

コースタイムを記録するときは、休憩場所への到着時刻、出発時刻まで細かく記録しています。「迷」は道迷いしたことをあらわしています。タクシー代なんかも記録しています。
登山中に早くも反省モード

テントのなかで暇を持て余すと、装備面の反省点を書くことが多いです。
テントの蒸れ感 はっ水スプレー要
テント入口側コーナーの目止め要
乾きやすいソックス要
テント内土間として薄手大型のポリ袋要
「テント内土間」? 雨の日にゴアテックスのシングルウォールテントに泊まったときのメモですね。
薄手大型のポリ袋(80cm×65cm=約45リットル)があれば、テント中の靴置き場、兼、土間として利用できます。入口を開く時間を最小限にして、さっと出入りできます。汚れたら気軽に使い捨てにできます。ショルダーベルト用の穴をあけておけば、雨天時のザックカバーとして流用できます。

「ライフ アウトドアノート B6」のバックアップとして
現在は「ライフ アウトドアノート B6」をメインで利用していますが、上記のセットはウルトラライトなので、予備としてザックの雨蓋に放り込んでいくことが多いです。

まとめ
かじかんだ指先でノートに書き付けた不恰好な文字には、デジタルデータには決して収まりきらない湿度があります。
想定外のラッセルに喘いだコースタイム、ルートを見失った時の密かな焦燥、あるいはテントの静寂の中で不意に思いついた些細な装備の反省点。
後から見返せば、掠れたインクの跡から、その時の自分の荒い息遣いまでもが立ち上ってくるかのようです。




コメント