
軽く、暖かく、小さくなる。登山用の保温素材として、ダウンはいまも最高峰の地位にあります。限られた重量と収納スペースで暖かさを確保したい登山者にとって、替えのききにくい素材です。
ただし、濡れると話が変わります。羽毛が固まり、膨らみを失えば、保温力も低下します。雨や湿雪だけでなく、汗やテント内の結露も気になります。
だからこそ「撥水ダウン」という言葉には、登山者の願いが重なります。

評判どおりに濡れにくく、膨らみを保ち、その性能が長く維持されるなら――軽さ、暖かさ、収納性を重視する登山者にとって、これに勝る保温素材はないのではないでしょうか。
ところが、手元のお気に入りのダウンジャケットは、特に撥水ダウンをうたっていません。暖かさも着心地も気に入っているだけに、撥水加工のためだけに買い替えるのは、少々もったいなく感じます。
それなら、この一着を撥水ダウン化できないでしょうか。
ここでいう「撥水ダウンを自作する」とは、羽毛からジャケットを作ることではありません。手持ちのダウン製品を洗浄し、ダウン用の撥水剤で後加工するという意味です。
まずはアウトドアブランドによる採用の歴史を振り返り、家庭での後加工に何を期待できるのか整理します。
アウトドアブランドによる撥水ダウン採用の歴史

ダウンの暖かさを支えているのは、羽毛の膨らみが抱え込む空気です。その膨らみ、いわゆるロフトが濡れによって失われると、断熱する空気の層も薄くなります。
表地で水の侵入を抑えるだけでなく、羽毛そのものを濡れにくくする。その発想を製品に取り入れる動きが目立ったのが、2012〜2013年でした。
ただし、この時期を羽毛の撥水処理そのものの発明時期と断定することはできません。ここでは、公式資料などで確認できる製品化と採用の節目を紹介します。
Sierra Designs――2012年のDriDown
シエラデザインズの公式年表には、2012年の革新として「DriDown」が掲載されています。
アウトドア製品に撥水ダウンを採用した初期の例として、歴史を振り返る際の一つの基点になります。
ただし、この記録だけで、同社が世界で初めて羽毛の撥水処理を実現したとまでは判断できません。加工技術の開発と、製品としての発売は分けて考える必要があります。
マーモット、フォックスファイヤー――QUIX DOWNとDown Defender
国内では、東レインターナショナルの「QUIX DOWN」が、マーモットやフォックスファイヤーの採用例とともに紹介されました。日本で撥水ダウンが広がり始めた時期を振り返るうえで、欠かせない名称です。
一方、マーモットには「Down Defender」という撥水加工ダウンもあります。現在の海外公式サイトにも採用製品が掲載されており、未加工ダウンと比べた濡れにくさや乾きやすさを訴求しています。
ただし、過去の採用例から、現在の全製品に同じ加工があるとは判断できません。今回確認した範囲では、QUIX DOWNの現在の供給・採用状況を公式情報から十分に確認できませんでした。
日本向けと海外向けでも仕様が異なる可能性があるため、現在の購入候補については、製品ごとの説明を確認したいところです。
参考:マーモット Highlander Down Jacket
マウンテンハードウェア――Q.Shield Down
マウンテンハードウェアは、「Q.Shield Down」という名称で撥水ダウンを展開してきました。
ただし、かつて採用されていた加工が、現在の同ブランドのダウン製品すべてに使われているとは限りません。同じシリーズ名でも、世代によって羽毛や表地の仕様が変わることがあります。
また、フィルパワーやRDS認証の表示は、撥水性能とは別の情報です。フィルパワーは羽毛のかさ高を示す指標であり、RDSは責任ある羽毛調達に関する認証です。
現在の製品を選ぶ場合は、ブランド名や過去の評判だけで判断せず、対象モデルに羽毛の撥水加工が明記されているかを確認する必要があります。
NANGAとHiker’s Depot――Ultra Dry Down
国内の取り組みとして欠かせないのが、NANGAとHiker’s Depot/Highland Designsの「Ultra Dry Down」、通称UDDです。
Hiker’s Depotの商品解説には、NANGAの協力で超撥水ダウンを用意し、濡れや湿気によるロフト低下を抑えようとした経緯が記されています。
その特性は、寝袋や保温着の設計にも生かされています。例えばWinter Down Bagの解説では、湿気を受けやすい足元の構造についても、UDDの特性を踏まえた考え方が示されています。
NANGAの公式案内によると、UDD BAGは2014年に登場しました。現在はDRYDRATE BAGへ更新されていますが、新しい製品説明にも超撥水加工したUDD DXの採用が明記されています。2026年秋冬のウエア情報にも採用例があります。
寝袋の商品名が変わっても、羽毛の撥水加工がなくなったわけではありません。商品シリーズの名称と、中綿の加工名は区別して読む必要があります。
参考:Hiker’s Depot「Winter Down Bag」 / NANGAのUDD BAG更新について / NANGAの2026年秋冬情報
RabとNikwax――2013年からの協業
RabとNikwaxは2013年に提携を発表し、ダウン衣類や寝袋への撥水加工の導入を案内しました。当初から非フッ素系加工を強調し、専用製品による手入れも紹介しています。
NikwaxがRabを「最初のアウトドアブランド」と説明しているのは、同社の非フッ素系撥水ダウンを採用したブランドとしての意味です。撥水ダウン全体の世界初という意味ではありません。
両社の取り組みは、その後も続いています。Nikwaxの回顧記事によると、2020年にはRabのMicrolightに再生撥水ダウンを採用しました。
濡れへの耐性を高めるだけでなく、再生羽毛を活用しながら性能を確保する取り組みにも広がっています。
参考:RabとNikwaxの提携発表 / RabとNikwaxの10年間の協業
バーグハウス――Hydrodown
バーグハウスの「Hydrodown」にも、Nikwaxとの協業の歴史があります。
Nikwaxは2016年の発表で、同年秋冬のExtrem製品に、非フッ素系のNikwax Hydrophobic Downを採用すると説明しています。Hydrodownは現在もバーグハウスの公式サイトで紹介されています。
この例からわかるように、ブランド独自の呼び名と、加工を提供する企業の技術名は必ずしも同じではありません。
名前が異なるからといって、まったく別の加工原理とは限らず、反対に同じブランド名でも、時期や製品によって仕様が変わることがあります。
参考:バーグハウス Hydrodown / Nikwaxによる協業紹介
パタゴニア――エンカプシル・ダウン
2013年、パタゴニアは「エンカプシル・ダウン・ビレイ・パーカ」を紹介しました。
公式の開発記事によると、シリコン系のプラズマ処理によって羽毛に耐水性を付与する技術です。さらに、加工前に800フィルパワーだった羽毛が、加工後には1000フィルパワーになると説明しています。
濡れにくくするだけでなく、ロフトも向上させようとした特徴的な試みでした。
一方、開発記事には、初期の処理では加工剤の重さによってロフトを損なう問題があったことも記されています。軽さと膨らみを維持したまま耐水性を加えることは、容易ではなかったようです。
こうした工業的な処理を、家庭で再現することはできません。また、今回確認した範囲では、後継製品や同加工の継続採用について十分に確認できませんでした。当時の開発例を、現在のパタゴニア製品全般の仕様として扱うことは避けます。
Mammut――DRY DOWN
Mammutの「DRY DOWN」も、公式説明ではNikwaxの非フッ素系撥水加工を使用しています。
未加工ダウンと比べて、水分吸収を90%抑え、30%速く乾燥すると訴求しています。2026年秋冬にも、同加工を用いたコレクションを展開しています。
ただし、これらはメーカーの比較値です。吸水量や乾燥速度の改善が、雪山での保温性にどれだけ結びつくかは、製品全体の設計や使用条件も含めて考える必要があります。
また、非フッ素系加工は最近になって初めて登場したわけではありません。RabとNikwaxは、2013年の提携発表からその点を強調していました。
お気に入りの一着を、撥水ダウン化できるか

各社の取り組みを見ると、撥水ダウンにはさまざまな加工方法や製品設計があります。そのすべてを家庭で再現することはできませんが、完成したダウン製品に撥水性を付与する方法はあります。
例えばNikwaxの「Down Proof」は、ダウン製品の表地と羽毛の両方に撥水性を付与する製品として案内されています。
特に撥水ダウンをうたっていないお気に入りのジャケットでも、洗濯表示や素材、構造が適合すれば、こうした製品で後加工できる場合があります。
確認したいのは、次の三点です。
- 表地だけでなく、羽毛にも撥水性を付与する製品か。
- ジャケットの洗濯表示や、メーカーの手入れ方法に適合するか。
- 防水膜、接着部分、特殊な表地などによる制約がないか。
表地の撥水、羽毛の撥水、防水を区別する

ダウンジャケットの商品説明には、「撥水」「耐久撥水」「シームレス」といった言葉も並びます。しかし、それぞれが示す機能は異なります。
表地の撥水は、生地の表面で水滴をはじく加工です。羽毛の撥水は、中綿そのものを濡れにくくする加工です。そして製品全体の防水性は、生地だけでなく、縫い目や開口部も含めて判断する必要があります。
シームレス構造も、これらとは別の工夫です。縫い目を減らしていても、それだけで製品全体が防水になるわけではありません。
ユニクロのシームレスダウンにも、防風・耐久撥水の説明があります。ただし、その表示だけから羽毛への撥水加工まで判断することはできません。
家庭での後加工を考える場合も、「どの部分に、どんな機能を加えるのか」を明確にしておく必要があります。ダウン用撥水剤で処理しても、縫い目やファスナーを含めたジャケット全体が防水になるわけではありません。
自作に期待できること、期待しすぎないこと

家庭での撥水ダウン化に期待するのは、手持ちの製品に撥水性を付与し、濡れへの耐性を補うことです。
ただし、メーカーが工場加工した撥水ダウンの性能数値を、家庭で処理したジャケットにそのまま当てはめることはできません。加工条件や製品構造が異なり、同じ性能になることを示す根拠がないからです。
後加工によって羽毛の量やジャケットの構造が変わるわけではありません。使用できる気温が自動的に下がるともいえません。
性能を維持するために、洗浄と撥水処理を分けて考える

Nikwaxは、汚れを落として既存の撥水性を回復させる洗浄と、新たに撥水剤を加える処理を分けて案内しています。Down Washは洗浄用、Down Proofは撥水処理用です。
汚れを落とすだけで状態が改善する場合もあります。一方、洗浄したからといって、新たな撥水加工を施したことになるわけではありません。
撥水ダウンを自作する場合も、まず適切に洗浄し、そのうえで必要な処理を行うという順序になります。
参考:Nikwax Down Wash / Nikwax Down Proof
「洗濯編」「撥水・乾燥編」へ

実際の作業は、次の三つの編に分けて紹介します。
- 洗濯編――――汚れを落とし、撥水処理に備える
- まずは、製品に適した方法で汚れを落とします。「洗濯編」では、洗剤の選び方や洗い方、すすぎなど、ダウン製品を適切に洗浄する手順を紹介します。洗浄は、次に行う撥水処理の準備にもなります。製品の洗濯表示と洗剤の説明を確認し、羽毛や生地を傷めない方法で進めます。
- 撥水・乾燥編――漬け込み式の撥水から、乾燥・保管まで
- 洗洗浄後は、対応するダウン用撥水剤を使い、漬け込み式の撥水処理を行います。その後、内部まで十分に乾燥させ、固まった羽毛をほぐしてロフトを戻します。さらに、乾燥の仕方、シェルの撥水処理、そして次の山行までロフトを損なわずに保管する方法を紹介します。





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