南極の知恵を日本の雪山へ。大場満郎『南極大陸単独横断行』に学ぶ極限の生存術

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日本の雪山縦走とはスケールが異なる極地の冒険。しかし、そこには現代の登山者が忘れかけている「生存のための合理性」が詰まっています。

1999年、世界で初めて南極大陸の単独徒歩横断を成し遂げた大場満郎氏。彼の著書『南極大陸単独横断行』から、過酷な環境を生き抜くための知恵を、日本の冬山登山にどう応用できるかという視点で紐解いていきます。

私は単行本(中古)をAmazonで購入しました。なんと価格は5円でした。送料257円のほうが高い。届いた本は新刊書店に並んでいてもおかしくないような美品でした。Kindleでも購入できます。

世界初の快挙:大場満郎氏と南極大陸単独横断の基礎知識

まず、大場満郎氏という人物とその偉業について整理しておきましょう。

  • 大場満郎(おおば みつろう)とは: 1953年、山形県最上町生まれ。家業の農業に従事しながら、北極圏や南極大陸の単独徒歩横断に挑み続けた冒険家です。彼のスタイルは、動力を使わず、己の脚とソリ、そして風(パラセール)を頼りに進む「歩く冒険」にあります。
  • 1998年〜1999年の南極大陸単独横断: 約3,824kmという、想像を絶する距離を99日間かけて歩き抜きました。これは当時の世界最長記録であり、世界初の快挙です。
  • 南極という「極限」の環境: 南極は平均標高が2,000mを超え、内陸部は3,000m級の氷の高原(氷床)です。気温はマイナス50度に達し、常に強烈な地吹雪(カタバ風)が吹き荒れます。日本の厳冬期以上の「絶対的な寒さ」と「乾燥」が支配する世界です。

【肉体・準備編】日常を極限に近づけるトレーニング

新宿御苑に現れた「歩く過積載」という修行

大場氏の冒険は、出発前の準備からすでに始まっています。

北極横断行のときも足腰を鍛えるために、早朝、九〇キロの荷物を背負って新宿御苑周辺を歩き回ってトレーニングしていた。(p.37)

90kgという数字は、もはや「登山装備」の範疇を逸脱しています。それは成人男性一人を丸ごと背負い、さらに柴犬を一匹加えたほどの重量です。新宿御苑周辺の穏やかな朝の空気の中で、一人、物理法則の限界に挑んでいた大場氏の姿を想像すると、畏怖を通り越して、どこか求道者のような静謐ささえ感じられます。

「重力」という最も誠実な対話相手

日本の厳冬期、フル装備でテント泊に向かう際の25kg前後という荷重は、確かに肩に食い込み、膝を笑わせます。しかし、大場氏が背負っていたのはその3.6倍。彼にとっての新宿御苑は、美しい庭園ではなく、一歩ごとに足裏から地球の核を感じるための「重力試験場」だったのでしょう。この過酷な事前負荷によって、極地での150kgのソリ引きという「本番」を、肉体だけでなく精神においても受容可能な領域へと引き寄せていたのです。

 日常の風景を「極地」に変える想像力

ジョギングや犬の散歩が行き交う都会の公園で、これほどの異様な負荷を背負って歩くには、強靭な「羞恥心への耐性」と、それ以上に「目的地を見据える想像力」が必要です。周囲の視線を他所に、彼の視界には常に北極や南極の氷床が広がっていたはずです。私たちの日常のトレーニングにおいても、この「場所を選ばぬ執念」こそが、本番の雪山で自分を支える最後の1ミリの筋力となるのかもしれません。

 日本の雪山への教訓:肩の荷を「羽」に変えるマインドセット

私たちが登山口で20kg超のザックを背負い、その重さに溜息をつきたくなったとき、この「90kgの新宿御苑」を思い出すべきです。 「大場さんに比べれば、私の荷物はあと60kg以上も軽いのだ」——そう考えるだけで、重力による呪縛はふっと解け、足取りは驚くほど軽やかになる(はずです)。トレーニングの目的は筋力向上もさることながら、本番の苦難を「相対化」するための、精神的な余白を作ることにあるのです。

凝縮された「高性能コンパクト・ユニット」

私は身長一メートル六二センチ、体重六四キロで日本人の中でも小柄な部類に属する。(p.44)

身長162cmに対して体重64kg。この数値を現代の一般的なBMIに照らせば「がっしり型」に分類されますが、過酷なトレーニングを積んだ冒険家の文脈で読み解けば、それは贅肉のない「高密度の筋肉と骨格」の塊であることを意味します。

 物理的な「表面積」の有利性

熱力学の観点から見れば、小柄であることは極地において絶大なアドバンテージとなります。体積(熱を作る力)に対して表面積(熱が逃げる面積)が相対的に小さいため、熱効率が極めて高いのです。大型のエンジンが大量の燃料を消費して排熱に苦しむ傍らで、大場氏という小型・高効率なユニットは、最小限のエネルギーで体温を維持し、黙々と出力を維持し続けることができました。

 「機動力」という名の防衛本能

大きな体躯は絶対的なパワーを生みますが、同時に自重という負荷を常に背負うことにもなります。162cmの重心の低さは、不整地や強風下での安定感に直結し、転倒のリスクを最小化します。大場氏の体型は、単に「小さい」のではなく、極限の重力下(150kgのソリ引き)において、自身の骨格が耐えうる「最も効率的な設計図」であったと言えるでしょう。

 日本の雪山への教訓:自分という「装備」の最適化

私たちはつい最新の軽量ギアに目を奪われがちですが、大場氏の記述は「自分自身の肉体こそが最大の装備である」ことを思い出させてくれます。 小柄であることを嘆く必要はありません。むしろ、それを「燃費の良さ」と捉え、自分の体格に合った歩幅やリズムを熟知すること。筋肉を鎧のように纏うのではなく、必要な箇所に必要なだけの密度を持たせること。大場氏の「がっしりした小柄な体」は、現代のウルトラライト(UL)思想の究極の形——すなわち、道具を削る前に、自分を最も効率的な状態に磨き上げるという姿勢を体現しています。

内臓の「洗浄」と外壁の「補強」

毎朝のトレーニングに三時間をかけた。夜は十〇時に就寝する。規則正しい生活が肝心だ。あとは食事で健康管理をしていく。腸をきれいにするために玄米にゴマをかけて食べたり、クルミをおやつにしたりした。脂肪分を補給するのは極地で耐えられるだけの脂肪を、適度にまとうためである。(p.46)

この記述で注目すべきは、単に太るのではなく「腸をきれいにする」ことと「脂肪をまとう」ことをセットにしている点です。極地という、メンテナンスが不可能な場所へ向かう機械(肉体)の、最終オーバーホールのような厳格さが漂います。

精神の「バグ」を防ぐルーティン

極限状態において、最も早く崩れるのは精神です。大場氏が「規則正しい生活」を強調するのは、それが自律神経を安定させる最強の防壁になることを知っているからです。毎朝3時間のトレーニングと22時の就寝。この揺るぎないリズムこそが、南極の「24時間太陽が沈まない」という異常な環境下で、自分を人間として繋ぎ止めるための、目に見えない「時計の歯車」となります。

 最強の断熱材としての「皮下脂肪」

冒険家にとっての脂肪は、プロレスラーの肉体と同様、外敵(寒さ)から急所(内臓)を遠ざけるための「物理的な緩衝材」です。冬山登山において、過度なダイエットで皮下脂肪を削ぎ落とすのは、ダウンジャケットの中綿を抜いて雪原に立つようなもの。玄米やゴマ、クルミといった「良質な燃料」で腸内環境を整えつつ、いざという時のための「備蓄燃料兼断熱材」を体に纏う。この二段構えは、熱力学的に極めて正しい生存戦略です。

 日本の雪山への教訓:内なる「インサレーション」を育てる

現代の私たちは、高性能なベースレイヤーやフリースを買い足すことで寒さに対処しがちです。しかし大場氏の教訓は、「まず自分の内側を高性能にせよ」と教えてくれます。 ストイックに体を絞りすぎる必要はありません。むしろ、消化吸収の良い食事で腸を労わり、エネルギーを蓄えやすい体質を作ること。そして何より、日常生活から睡眠のリズムを整えること。そうして準備された「内なるインサレーション」こそが、どんな高級ブランドのウェアよりも、登山者を低温の危機から守ってくれるはずです。

質量に転換された「生存の対価」

私が一人で引くことになるソリは全体で一五〇キログラムになる。内訳は食糧がおおよそ七〇キログラム、シュラフ(寝袋)や鍋などキャンピング用具が四〇キログラム、燃料が一五キログラム、ソリ自体が七キログラム程度である。(p.52)

計算上、明記された内訳の合計は132kg。差分の18kgには、衛星通信機や予備のスキー板、医療キット、そしておそらくは、数え切れないほどの「もしも」に備えた予備パーツが含まれているはずです。この150kgという数字は、孤独な男が南極という巨大な空白を渡り歩くために支払った、重力という名の「通行税」に他なりません。

「命のパッケージ」としての150kg

3ヶ月に及ぶ無補給の旅において、ソリの中身が減ることは、ゴールに近づく喜びであると同時に、手持ちの「生存可能時間」が削られていく恐怖でもあります。食糧70kgは、文字通り彼を動かす燃料そのものであり、燃料15kgは、雪を水に変えるためのエネルギー源です。このソリを引くのをやめることは、その場で生命のカウントダウンが始まることを意味します。背負うのではなく「引く」という選択は、その絶対的な重量を前にした、人間としての精一杯の妥協点だったのでしょう。

18kgの空白に詰まった「慎重さ」

内訳に含まれない18kg。そこには、極低温下でプラスチックが割れた時のための補修材や、通信が途絶えた時のための予備バッテリーなど、冒険を支える「地味な裏方」たちが詰まっていたはずです。この「遊び」の重量こそが、大場氏の精神的な余裕――すなわち「孤独」と対峙するためのバッファ(緩衝材)として機能していたはずです。

日本の雪山への教訓:重量を「覚悟」として受け入れる

私たちが冬山でザックの重さに愚痴をこぼすとき、私たちはその重さの中にある「自由」を忘れています。テントの重さは「どこでも眠れる自由」であり、食糧の重さは「山に居続けられる自由」です。 大場氏の150kgに比べれば、私たちの20kgはあまりにも軽やかで、頼りないものです。しかし、自分に必要な装備を一つひとつ吟味し、その重量を自分の脚で引き受けるという行為の本質は変わりません。

【食糧編】1日7,600kcalの衝撃と効率的な摂取

熱力学的な「アイドリング」と、精神の「縮小」

冒険のスタートでまず大切なことは、最初はゆっくり進むことだ。ついつい「元気なうちに少しでも距離を稼ぎたい」とガムシャラに進もうとすると、装備を壊したり、備品をなくすなど自分で失敗を呼び込んでしまう。気持ちを大きくするのではなく、反対に、小さく、小さくしなければならない。とくに極地のような気候の厳しいところでは、まずゆっくりとしたペースで気温や環境に身体をなじませるところからはじめなくてはならない。(p.60)

「気持ちを小さくする」という表現に、大場氏の凄みが凝縮されています。冒険の門出という、人生最大級の昂揚感の中にありながら、あえて自分を「微小な存在」へと追い込む。この抑制こそが、自然の歯車に自分を噛み合わせる唯一の方法なのです。

「発汗」という名の時限爆弾を封じ込める

登山口でのロケットスタートは最悪の選択です。人間の体は一度オーバーヒートして汗をかくと、その水分がインサレーション(保温層)を濡らし、後の停滞時に急激に体温を奪います。大場氏が説く「身体をなじませる」歩みとは、深部体温を急上昇させず、じわじわと毛細血管を開かせていく「生物学的なアイドリング」に他なりません。

道具との「対話」を成立させる余白

150kgのソリを引き出す瞬間、接続部の一つひとつに異常な負荷がかかります。ガムシャラな一歩は、金属の疲労やプラスチックの破断を招き、取り返しのつかない「装備の喪失」に繋がります。ゆっくり歩くことで、ソリの軋み、靴の当たり、ザックの揺れといった「道具の悲鳴」を聴き取ることができる。この繊細なモニタリングこそが、長期の生存を担保するのです。

日本の雪山への教訓:最初の30分で「一日」を決める

雪山に復帰された際、はやる気持ちを抑えて「これでもかというほどゆっくり」歩くことは、最高の安全対策です。

  • 心拍を上げない: 酸素消費を抑え、脳をクリアに保つ。
  • 換気を調整する: 暑くなる前にジッパーを開け、衣服内気候を一定に保つ。
  • 足元を凝視する: アイゼンの効きや雪質を、一歩ずつ神経に叩き込む。 この「小さな心」で始めた30分が、その後の10時間の行動を劇的に楽にします。「元気なうちに稼ぐ」のではなく、「元気な状態を維持し続ける」ために、あえて歩みを止める。大場氏のこの箴言は、効率を追い求める現代社会への、静かな、しかし鋭い警鐘でもあります。

生体エネルギーを剥奪する「個体」の雨】

あれは初めて北極横断にチャレンジしたときだった。マイナス五〇度になると自分の息が凍ることを初めて体験した。夜、テントでシュラフにくるまって寝ていると、シュラフの上に何かが落ちてくるのである。最初はテント内に氷がついていて、それが温められて水滴になって落下しているのだと思った。ところがそれが、自分の吐く息が凍ったものだったのだ。ハアーと息を吐くと目の前で「パリン」と氷になって、サラサラとシュラフの上に落ちてくる。あのときは本当に驚いた。(p.62)

マイナス50度。それはもはや「寒い」という感覚を超え、熱力学的な略奪が支配する世界です。吐息に含まれるわずかな水蒸気が、気体から液体を経ることなく、瞬時に固体へと「昇華」する。大場氏が聞いた「パリン」という乾いた音は、自分の生命維持エネルギーが環境に吸い取られ、質量を持ったゴミとして捨てられた音に他なりません。

結露を超えた「積雪」という恐怖

日本の雪山でも、テントの内壁が白く凍り、朝方にシュラフを濡らすことはよくあります。しかし、空中ですでに氷の粒となり、自らの体の上にサラサラと降り積もるというのは、別次元の乾燥と低温を示しています。この「吐息の雪」は、放っておけばシュラフのロフト(厚み)を物理的に潰し、保温力を奪い去る死の重荷となります。

漫画のような「地面からの氷」のリアリティ

漫画で小便が地面から凍りつき、氷の柱となって迫りくるような極限環境は、物理的な「熱交換」の速度が、生命の「排出」の速度を凌駕していることを意味します。私たちが当たり前のように行っている生理現象の一つひとつが、マイナス50度下では「環境との命がけの交渉」へと変貌する。大場氏の「本当に驚いた」という言葉には、長年の冒険経験を持ってしても予測しきれない、自然の圧倒的な「異質さ」への畏怖が込められています。

日本の雪山への教訓:水蒸気を「敵」と見なす

雪山で登山者は「濡れ」を避けようとしますが、大場氏のこの描写は、「湿気は凍ることで氷という凶器に変わる」ことを教えてくれます。 シュラフの顔周りが凍るのは、単に不快なだけでなく、それが溶けた時にダウンの保温力をゼロにするリスクを孕んでいます。バラクラバ(目出し帽)やネックゲイターを使い、吐息をいかに効率よく外へ逃がすか、あるいは結露を氷の状態のうちに払い落とすか。大場氏の「パリン」という音を想像しながら、自分の吐息一つにまで神経を尖らせる。その微細な管理こそが、厳冬期の夜を越えるための「作法」なのです。

肺という名の「熱交換器」と、目に見えないエネルギーの漏洩

食糧について豪快な記述が続きます。

南極横断するにあたり、私は一日の必要なカロリーは七六〇〇キロカロリーと設定した。日常の日本人の三倍以上にもなる。極寒地では、呼吸するだけでエネルギーが逃げていく。寒いところで呼吸すると、肺でいったん空気を暖めてから体内に酸素を送り出すからである。(p.69)

成人男性の1日の摂取目安が約2,200〜2,500kcalであることを考えると、7,600kcalという数字はいわば「毎日、牛丼特盛を10杯以上食べ続ける」ような、消化器官への暴力的な負荷を意味します。しかし、それだけの燃料を投入しなければ、南極の寒さは一瞬で冒険者の内臓を凍りつかせます。

呼吸の「熱力学的コスト」という盲点

私たちが吸い込むマイナス50度の空気は、肺に届くまでのわずかな時間に、体温に近い36度前後まで温められなければなりません。この約80度の温度差を埋めるのは、すべて大場氏の体内に蓄えられたエネルギーです。ただ「息をしているだけ」で、体内の焚き火は常に最大火力で薪をくべ続け、その熱は吐息とともに白く消えていく。これは生命活動における、最も静かで、最も残酷な「熱の略奪」です。

立ち止まることは「赤字」を意味する

運動による熱産生がない停滞時であっても、呼吸によるエネルギー漏洩は止まりません。冬山における「休憩」とは、筋肉を休める時間であると同時に、燃料のストックをただ消費し続ける「赤字経営」の時間でもあります。大場氏が1日7,600kcalを必要としたのは、150kgのソリを引く動力を確保するためだけではなく、この「呼吸という名の通行税」を支払い続けるためでもあったのです。

日本の雪山への教訓:エネルギーの「前借り」をしない

雪山でつい「下山してから美味しいものを食べよう」と、食事を後回しにしがちです。しかし、大場氏の教訓は、「寒冷地では、空腹を感じる前に燃料を投下せよ」と教えてくれます。 冬山でのシャリバテ(エネルギー切れ)は、即座に熱産生能力の低下を招き、低体温症への直行便となります。立ち止まっている間も肺が熱を捨て続けていることを自覚し、高カロリーな行動食をこまめに摂取すること。体内の焚き火を絶やさないためには、空腹というシグナルを待っていては遅すぎるのです。

飽食を越えた「超効率的給油」の境地

北極に行ったときは、棒状のバターを一日一本ずつ丸かじりしていたし、砂糖も握りコブシ大のものをいっぺんに食べていた。(p.69)

通常、脂質の過剰摂取は健康のリスクとされますが、極地においては「脂質こそが最強の防弾チョッキ」となります。大場氏が行っていたのは「食事」ではなく、自らという生体エンジンを止めないための、文字通りの「給油」作業です。

脂質という「遅効性・高密度」の核燃料

炭水化物(糖質)が1gあたり4kcalであるのに対し、脂質は9kcal。同じ重さを運ぶなら、脂質は2倍以上のエネルギー密度を持ちます。糖質がすぐに燃え尽きる「焚き付け」だとすれば、バター(脂質)は一晩中じわじわと熱を出し続ける「太い薪」です。大場氏がバターを一本丸ごと体内に放り込んだのは、極寒の夜、眠っている間も体温を維持し続けるための持続的な熱源を確保するためでした。

血糖値を「命の防壁」に変える砂糖の塊

握り拳ほどの砂糖をいっぺんに食べる。これは、凍死の淵で薄れゆく意識を、糖分という強烈なブーストで無理やり現世に繋ぎ止める行為です。健康診断の数値などは、明日を生き延びて初めて意味をなすもの。死の淵を歩く冒険家にとって、脂質と糖分は血管に流し込む「通行許可証」であり、凍てつく細胞を動かす唯一の潤滑油なのです。

日本の雪山への教訓:軽量化と高エネルギーの「ハイブリッド食」

私たちはつい「ヘルシーな行動食」を選びがちですが、大場氏の教訓は「冬の山では、脂肪こそが最大の味方である」と教えてくれます。

  • オイルの追足(ちょい足し): カップ麺やアルファ米に、小袋のオリーブオイルやバターを数滴加える。これだけで、荷物の重量を変えずに数百kcalを上乗せできます。
  • 「固まらない」脂質の選択: 大場氏のバターはカチカチに凍っていたはずですが、現代の私たちはマヨネーズやナッツペーストなど、低温でも扱いやすい高脂質食材を選べます。 軽量化とは、単に荷物を軽くすることではありません。「1gあたりの熱量を最大化すること」です。ザックに忍ばせた「脂っこい一品」が、ラッセルで消耗した体力を救い、冷え切った指先に再び熱を送り込む鍵となるのです。

水蒸気を「敵」と見なす、冷徹なキッチンマネジメント

私が主食にしたのは「ペミカン」と呼ばれる携行食品である。(中略)ペミカンは朝と夜にテント内で食べる。でも調理すると水蒸気がテント内にこもってしまうので、せいぜい沸かしたお湯を入れてふやかせて、ときどき塩やバターを加える程度である。(p.70)

南極のテント内において、火を使って「調理」をすることは、単なる空腹を満たす以上のリスクを伴います。大場氏が「ふやかす程度」に留めているのは、単なる手抜きではなく、テント内の湿度を上げないための高度な生存戦略です。

「結露」という名のサイレントキラーを防ぐ

テント内で鍋をグツグツと煮立てれば、大量の水蒸気が発生します。マイナス数十度の環境下では、その蒸気は即座にテントの内壁で氷結し、やがてシュラフやダウンジャケットを濡らす原因となります。一度濡れて凍った装備は、極地では簡単に乾きません。大場氏にとっての「調理の簡略化」は、自身の居住空間をドライに保ち、保温力を死守するための「防衛活動」そのものなのです。

「復元」による燃料と時間の節約

「煮込む」プロセスを排除し、熱湯による「復元」に徹することで、貴重な燃料の消費を最小限に抑えられます。また、疲労がピークに達する夜、あるいは一刻も早く出発したい朝において、数分で完成する食事は、肉体的な休息時間を一分でも長く確保するための知恵です。味気なさを補うための「塩やバター」の追足は、美食のためではなく、失われた電解質と熱量を補給するための、冷徹なまでの「給油」作業と言えるでしょう。

日本の雪山への教訓:疲労を救うのは「お湯」の機動力

雪山に復帰された際、私たちはつい「山で温かいものを作ろう」と凝った食材を持ち込みがちですが、大場氏の教訓は「冬山こそ、調理を放棄せよ」と教えてくれます。

  • アルファ米やフリーズドライの徹底活用:これらは現代版のペミカンです。袋の中でお湯を注ぐだけで完結するため、鍋を汚さず、水蒸気の発生も最小限に抑えられます。
  • 「追いバター・追いオイル」の習慣:大場氏が塩やバターで調整したように、既製品の味気なさを脂質で補強する。これが、重量を増やさずに「戦える体」を作るコツです。 極限の疲労下では、噛むことさえ億劫になります。喉を滑り落ち、即座に熱に変わる「流動的な食事」。その合理性こそが、翌朝の登山者を一歩前へと踏み出させる力になるのです。

体温で「給油」し、足を止めずに「燃やす」合理性

昼は移動しながらの食事かテントを設営しないで雪原に立ったままの食事になるので、もっと軽いものになる。七〇キログラム分のチョコレートをドロドロに溶かし、ここに松の実、油、ゴマを入れて固めた。それを一本三五〇グラムぐらいずつに切り分け、一食分ずつサランラップにくるむ。(中略)朝、テントを片づけて出発するとき、この一本を胸ポケットにさして行くわけである。ベビーサラミ、ビーフジャーキーも昼食用だ。(p.71)

「立ったままの食事」という記述には、立ち止まることが即座に体温低下に直結する極地の厳しさが凝縮されています。大場氏の特製バーは、単なる栄養補給の枠を超え、自身の体温と連動した「ハイブリッド・システム」の一部として機能しています。

「凍結」を物理的に封じ込める油の配合

マイナス50度の世界では、市販のチョコレートは石のように硬くなり、噛むことさえ凶器になり得ます。大場氏がわざわざ「油」を混ぜて溶かし直したのは、脂質の強化だけでなく、凝固点(凍る温度)を下げるための不凍液のような役割を期待してのことでしょう。松の実やゴマといった高脂質食材をチョコで固めることで、1グラムあたりの熱量を極限まで高めた「高密度燃料ユニット」を自作したのです。

胸ポケットという名の「保温庫」

注目すべきは、このバーを「胸ポケット」に差して行くという点です。ベースレイヤーに近い胸元は、人体で最も熱を産生する体幹部に位置します。外気ではカチカチに凍るはずの行動食を、自身の代謝熱で「適度に柔らかい状態」に保ち続ける。食べる直前まで自分の体温で温めておくことで、摂取した際の消化・吸収のロスを最小限に抑えるという、徹底した熱マネジメントが伺えます。

日本の雪山への教訓:グローブを脱がない「ワンハンド・エナジー」

私たちはつい休憩適地を探してザックを下ろそうとしますが、大場氏の教訓は「歩きながら、体温に近いものを食せ」と教えてくれます。

  • 自作バーのすすめ: 市販のエナジーバーが冬山で硬くて食べられない経験はありませんか? 大場氏のように、ナッツバターやココナッツオイルを混ぜて自作することで、厳冬期でも「サクッと」噛み切れる硬さに調整できます。
  • 保温ポケットの活用: 行動食をザックの外ポケットに入れてはいけません。ウェアの内側、体温が伝わる位置に収納することで、食べる際のエネルギーロス(冷たいものを体内で温めるコスト)を劇的に減らせます。
  • 「しょっぱい」脂質の重要性: チョコの甘さだけでなく、サラミやジャーキーといった塩分と脂質の組み合わせ。これが、長時間のラッセルで失われる電解質と、持続的な活力を支える「太い薪」となります。

澱粉の「粘り」という名の伏兵

この他に市販されている乾燥モチも二袋分持って行った。ところが、このモチは失敗だった。分厚すぎて、お湯で簡単に柔らかくなってくれないのである。困って鍋でお湯を沸かすときに一緒に入れて煮たら、今度は焦げついて鍋に張り付いてしまった。(p.71~72)

マイナス数十度の世界では、物理法則だけでなく「調理の常識」までもが変貌します。大場氏を苦しめたのは、餅という日本古来の優れたエネルギー源が持つ、あまりに頑固な「熱伝導の悪さ」と、溶け出した瞬間の「強烈な粘着性」でした。

「分厚さ」が招く芯残りのジレンマ

乾燥餅は軽量で高カロリー、保存性も高い理想的な雪山食に思えます。しかし、極低温下ではお湯の温度は注いだ瞬間に急降下します。分厚い餅の芯まで熱が到達する前に、周囲のお湯が冷めてしまう。結果として「外はベタベタ、中はガチガチ」という、最も食欲を削ぐ状態に陥ります。

焦げ付きという「クッカーの致命傷」

焦れて鍋に投入したことが、さらなる悲劇を呼びました。糖質の塊である餅は一瞬でなべ底に固着します。南極で鍋を焦げ付かせることは、貴重な燃料を無駄に消費し、その後の水作りに「焦げの味」を移し続けるという、地味ながらも精神を削る痛恨のミスとなります。

日本の雪山への教訓:「薄さ」こそが正義である

餅をメニューに加えるなら、大場氏の失敗を糧に「表面積を最大化し、加熱時間を最小化する」戦略をとるべきです。

  • 「しゃぶしゃぶ餅」の圧倒的優位: ご指摘の通り、スリットの入った薄切り餅こそが雪山の正解です。お湯を注ぐだけで「復元」が可能であり、鍋で煮込む必要がありません。
  • 「スープの具」として完結させる: 餅単体で焼いたり煮たりせず、ラーメンや味噌汁の熱を利用してふやかす。これにより、焦げ付きのリスクをゼロにしつつ、汁物の熱量を大幅に強化できます。
  • 失敗を「笑い」に変える精神: 偉大な冒険家でさえ、餅一つに翻弄される。このエピソードは、雪山での失敗を過度に自分を責める材料にせず、「次はこうしよう」と道具や手順を改善していく「実験の楽しさ」を教えてくれます。

【技術・装備編】物理法則との対話

潤滑を拒絶する「絶対的な冷気」

あまりの寒さにこんなことも。スキーやスケートの原理は働かなくなります。

ソリが重い。(中略)南極では気温が低すぎるため、雪は摩擦熱でもなかなか溶けずに、砂粒のようになってまとわりつくのだ。砂浜でタイヤ引きをしているようなものである。(p.77)

スキーやソリが雪の上を滑るのは、滑走面と雪の間に生じる摩擦熱でごく薄い「水膜」ができ、それが潤滑剤の役割を果たすからです。しかし、マイナス50度の南極において、その物理法則は無慈悲にも書き換えられます。

液体を介さない「固体と固体」の衝突

極低温下では、摩擦によって生じるわずかな熱など、氷点下50度の巨大な冷気に一瞬で吸い尽くされます。雪はもはや「水(氷)の結晶」ではなく、硬く尖った「石英の砂」へと変質します。水膜というベアリングを失ったソリは、雪の上を滑るのではなく、無数の微細な砂粒に食い込まれ、物理的な抵抗を真正面から受けることになります。大場氏が形容した「砂浜でのタイヤ引き」は、比喩ではなく、まさにその場の熱力学的な真実だったのです。

「知恵」が通用しない領域での「体力」の尊さ

現代の登山は、いかに効率よく、いかに楽に動くかという「知恵」に重きを置きます。しかし大場氏のこの記述は、自然がその知恵(物理法則)を機能不全に陥らせたとき、最後に頼れるのは「ただ力任せに引く」という、剥き出しの肉体的な反復であることを示しています。道具の前提条件が崩れ去った場所で、なお前へ進もうとする意志。それは、合理性を超えたところにある、冒険家の凄みそのものです。

日本の雪山への教訓:コンディションへの「期待」を捨てる

私たちは「このワックスなら滑るはず」「このアイゼンなら効くはず」という道具への期待を抱きます。しかし、大場氏の教訓は「自然は時に、道具の設計思想をあざ笑う」と教えてくれます。

  • 「重雪」や「モナカ雪」を受け入れる: 日本の雪山でも、気温や湿度によって雪質は豹変します。思い通りに動けないとき、それを道具や体力のせいにせず、「今はこういう物理法則の中にいるのだ」と淡々と受け入れる。その精神的な柔軟性が、焦りによる事故を防ぎます。
  • 「力任せ」を温存しておく: 効率的な歩行技術を磨く一方で、いざという時に無理やり身体を動かして突破できる「泥臭い体力」を日頃から養っておくこと。知恵が敗北したとき、あなたを救うのは、最後の一歩を捻り出す泥臭い筋力なのです。

孤独を浮き彫りにする「宇宙との交信」

通信機器についての記述も興味深いです。

クレバス帯を通過することになり、私はアルゴス発信機(電波を利用した追跡システム)のスイッチをオンにした。アルゴス発信機は電源を入れておくと、九〇秒に一度、通信衛星に向かって電波を発射する。それで私がいま、南極のどの緯度、経度にいるかを正確に把握できる。電波は衛星からフランスの通信会社の情報センターに転送されてデータ化される。その情報を蓮見さんがカナダからインターネットで引き出し、私にイリジウムの携帯電話で、「いま西に二度ずれているよ」と、教えてくれるのだ。GPSを使って、常に緯度、経度は出しているが、アルゴスだと私の居場所をリアルタイムに正確にサポートスタッフに把握してもらえるのだ。(p.81)

1999年当時、地球の裏側からリアルタイムで位置を修正してもらうという体験は、まさに神の視点を得るに等しい行為でした。しかし、この高度なシステムが浮き彫りにするのは、システムの先にある圧倒的な「個」の孤独です。

野生動物と同じ地平に立つ冒険家

アルゴスシステムは、もともと回遊魚や渡り鳥の追跡に使われていた技術です。南極という、人間の生存を前提としない場所において、大場氏は一種の「野生動物」として地球のバイオスフィア(生物圏)の一部に組み込まれていました。90秒に一度の電波は、彼がまだ移動し続けていることを世界に告げる唯一の脈動。それは、文明社会が彼を「観測」し続けるための、細い糸のような命綱でした。

衛星電話イリジウムがもたらした「逆説的な孤独」

カナダのスタッフから「西に二度ずれている」と告げられる瞬間、大場氏は一時的に文明の恩恵に浴します。しかし、受話器を置いた瞬間に広がる沈黙は、通信前よりも深く、重く彼にのしかかったはずです。 「つながっている」という安心感は、同時に「物理的には誰も助けに来られない」という事実を、より残酷な解像度で突きつけます。現代の「Garmin inReach」や「ココヘリ」も同様ですが、これらは孤独を癒やすためのものではなく、自立した孤独を完遂するための、冷徹なインフラなのです。

日本の雪山への教訓:バックアップは「多層的」であれ

私たちはスマホのGPSに頼りがちですが、大場氏の教訓は「位置情報の把握は、内と外の両輪で行うべきだ」と教えてくれます。

  • 自己完結のGPSと、外部への発信: 大場氏が自前のGPSとアルゴスを併用したように、現代の私たちも、自分が位置を知るためのデバイス(スマホ・専用GPS)と、他者に位置を知らせるためのデバイス(ココヘリ・inReach)を分けるべきです。
  • 通信費を「保険」として割り切る: イリジウムが高額であったように、現代の衛星通信も月額費用がかかります。しかし、それは大場氏が払った「150kgの通行税」の一部を、現代のテクノロジーで軽量化した対価に他なりません。 電波という目に見えない装備を整えることは、単なる依存ではなく、救助者に「探させる」コストを最小限に抑えるという、現代登山のマナーであり、かつ最大の防衛術なのです。

静止空気という名の「目に見えない壁」

テントはマジックマウンテンの市販品を使用されたようです。

【11月13日】テントは三重張りのものを一枚一枚のテント生地との空間をあけて張るので、中は暖房をしなくても暖かい。(p.89)

「三重張り」とは、テント本体(インナー)、外張り(フライシート)、そしてその間にさらに一枚の防壁を設ける、あるいは内側にもう一層の空間を作ることを指します。この構造の肝は、大場氏が記した「空間をあけて張る」という一点に集約されています。

熱伝導を阻む「エア・ギャップ」の魔術

物質の中で最も熱を伝えにくいのは「動かない空気」です。布自体に暖める力はありませんが、布と布の間に隙間を作ることで、外気の冷えを直接インナーに伝えず、段階的に温度を落としていく「緩衝地帯(バッファ)」が生まれます。三重の壁は、外気の極低温の暴威を、インナーテントの表面ではマイナス10度程度まで和らげる、いわば「多重防護障壁」として機能するのです。

結露を氷に変えない、湿気のマネジメント

日本の雪山でも、テントの内張り(スノーフライ)を使う最大の理由は、断熱と同時に「結露対策」にあります。三重の層を作ることで、居住空間の湿気が一気に外気で冷やされるのを防ぎ、シュラフを濡らす「氷の粉」の発生を最小限に抑えます。大場氏が「暖房をしなくても暖かい」と断言できるのは、自らの代謝熱という微弱なエネルギーを、この三重の空気層が逃がさずパッシブに蓄熱していたからです。

日本の雪山への教訓:住居も「レイヤリング」で考える

ウェアのレイヤリングには気を配っても、テントを「ただ張るだけ」になってはいないでしょうか。大場氏の教訓は、「住居の性能は、隙間の作り方で決まる」と教えてくれます。

  • 内張りと外張りの併用: 厳冬期のテント泊では、面倒でも内張り(インナー)とフライシートの両方を、互いが接触しないようピンと張ることが重要です。接触した箇所からは、熱が「伝導」によって一気に逃げていきます。
  • 雪による「第4の壁」: 大場氏がテントの裾を雪で塞いだように、雪をブロック状に積み上げて防風壁を作ることで、さらなる静止空気の層を生み出すことができます。 「暖房に頼る」のではなく、「自分の熱を逃がさない構造を作る」。このストイックなまでの熱マネジメントこそが、燃料を節約し、翌朝の結露に悩まされない、快適な雪山ライフの鍵となります。

排泄熱の「回収」と、シュラフ内の熱収支決算

【11月15日】テントの中でも気温はマイナス一八度だ。寝ているときにシュラフで身体を横にしてペットボトルに小便をする。し終えるとペットボトルをそのまま寝袋に入れて寝る。テントの中でも凍ってしまって、ストーブで暖めないと捨てられないのだ。(p.94)

テント内がマイナス18度という、もはや冷蔵庫を通り越して「冷凍庫」と化した空間において、体温で温められた約36度の液体は、最高級の熱源に他なりません。この「熱」を外に捨てることは、燃料をドブに捨てることと同義なのです。

36度の「液体の熱」を再利用する合理性

排泄直後の尿は、自らの代謝によって作られた、不純物を含まない「純粋な熱」の塊です。これをシュラフ内(特に足元や大動脈の通る股間)に配置することで、外気へと逃げていく体温を補完し、睡眠の質を劇的に向上させます。不衛生という概念は、生存が担保された文明社会の贅沢品に過ぎません。極地では、自分の体から出た「温かい水」こそが、凍傷から指先を守る最後の防壁となるのです。

凍結による「物理的な詰まり」の回避

大場氏がボトルをシュラフに入れるもう一つの理由は、翌朝の「処理」を容易にするためです。マイナス18度のテント内では、ボトルを外に放置すれば数時間でカチカチの氷柱へと変わります。そうなれば、貴重な燃料を使ってストーブで「解凍」しなければ捨てられず、時間とエネルギーを二重に損失することになります。シュラフ内での保温は、次の一手(廃棄)をスムーズにするための、ロジスティカルな判断でもあります。

日本の雪山への教訓:シュラフから出ないことが最大の防御

夜中に尿意を催してシュラフから出るのは、最も体力を消耗し、低体温症のリスクを高める行為です。

  • 「ピーボトル」の常備: 広口の専用ボトル(あるいはナルゲンボトルなど)を用意し、シュラフの中で完結させる技術は、雪山における「奥の手」です。
  • 湯たんぽとしての自覚: 大場氏のように、それをタオルで巻くなどしてシュラフ内に留めることで、自らのエネルギーを外部に逃がさず、循環させる感覚を持ってください。
  • 「捨てるまでが冒険」: 朝、お湯を沸かす際にそのボトルの温もり(あるいは凍結防止)の恩恵を感じながら、活動を開始する。この徹底した「熱の管理」こそが、過酷な山行を支える知性となります。

対流の遮断がもたらす「パーソナル・スプリング」

【11月18日】テントの中は暖房をしなくても十分暖かい。シュラフの上で八度もある。肌着一枚で過ごして十分だ。(p.100)

この日は起床時でマイナス26外度でした。そんな環境でテント内がプラスの8度に達する。この温度差を生み出しているのは、石油ストーブではなく、大場氏自身の「基礎代謝」です。人間は静止していても、1時間に約100W(白熱電球1個分に相当)の熱を放出し続けています。

「風」という熱泥棒を封じ込める

極地において、体温を奪う最大の要因は「対流(風による冷却)」です。三重張りのテントが風を完全にシャットアウトすることで、大場氏の体から漏れ出た熱は外へ逃げ場を失い、狭いテント内に充満します。風さえなければ、人間は自分一人の熱量で、わずか数立方メートルの空間を「春の陽気」に変えることができるのです。

放射熱の跳ね返りと「シュラフの上」の真実

シュラフの上で8度あるということは、シュラフ内部はさらに高温に保たれていることを意味します。三重の布地が放射熱を反射し、さらに雪の壁(スノーブロック)が風を切り裂くことで、テント内は一種の「魔法瓶」と化します。大場氏が肌着一枚で過ごせたのは、彼自身の肉体が放つ熱が、テントという薄い膜によって完璧に「リサイクル」されていた証拠です。

日本の雪山への教訓:テントを「性能」で使いこなす

雪山に復帰された際、テントの温度が上がらないと感じたら、それは「断熱」よりも「防風」に失敗している可能性があります。

  • 裾(スカート)の処理を徹底する: 大場氏が雪でスカートを埋めたように、わずかな風の侵入も許さないことで、テント内の暖気(自らの代謝熱)を層として積み上げることができます。
  • 「狭さ」を味方につける: ソロキャンプで大きなテントを使うと、自分の熱量に対して空間が広すぎて暖まりません。大場氏が幅1.1mという切り詰めたサイズを選んだのは、自身の熱を効率よく充満させるための「熱力学的選択」でもあったのです。
  • 濡れを避けるための「換気」とのバランス: 暖かいということは、同時に湿気も溜まるということです。大場氏のように「肌着一枚」で過ごせるほどの熱量を確保しつつ、結露を氷に変えないための微細なベンチレーション操作。これこそが、雪山テント泊の醍醐味であり、真の技術です。

機動する「装甲」と、命を繋ぐ「排熱利用」

寒冷地のパーカーの生地はゴアテックスなどが多いが、私のパーカーは東レが開発した新素材の「ダーミーザクス」という生地でできている。その最大の特長は、「時速四〇キロで転んでも破れない」ということである。(中略)さらに裏地にも大きなポケットを一つ。ここにペットボトルに入れた水を収納する。肌に近いところだから、重い水筒を入れなくても水を凍らせてしまうことはない。(p.107~108)

東レの「ダーミザクス(Dermizax)」は、多孔質膜のゴアテックスとは異なる、無孔質メンブレン(膜)を用いた高機能素材です。結露しにくく、伸縮性に富むこの素材を、大場氏はあえて「強度」の文脈で語っています。

「時速40キロ」が担保する、冒険の継続性

パラセール(カイト)を使い、風の力で氷原を疾走する大場氏にとって、転倒は単なるアクシデントではなく、時速40kmというスピードを伴う「衝突」です。ウェアが破れることは、即座に断熱層(ダウンやフリース)の喪失を意味し、それは死に直結します。オートバイのレーシングスーツ並みの強靭さを求めたのは、極地において「衣類は肉体の外側に備わった最後の一枚の皮膚である」という切実な認識があるからです。

究極のパッシブ・エネルギー:体温による「造水」

現代の雪山でもハイドレーションのチューブ凍結は深刻な悩みです。大場氏がウェアの「裏地」に水を抱いたのは、自らの代謝熱を「排熱」として捨てるのではなく、水を液体のまま維持するための「エネルギー」として再利用する、極めて高度なパッシブ・デザインです。重い魔法瓶(水筒)を持ち運ぶ代わりに、自らの体温を保温材として使う。この発想は、重量の軽量化とエネルギー効率の最大化を同時に達成しています。

日本の雪山への教訓:ウェアを「システム」として着こなす

大場氏の教訓は「ウェアの内側の熱をどう循環させるか」を問いかけてきます。

  • 内ポケットの積極活用: 行動中に凍らせたくないもの(予備バッテリー、行動食、そして水)は、ザックではなく、大場氏のように「肌に近いポケット」に忍ばせるべきです。
  • 「背中の雪袋」というハック:背中に雪袋を配して、オーバーヒートによる汗を防ぎつつ水を得る、一石二鳥の技術があります(筆者は実践したことがありません)。ウェアの内外に「熱の勾配」を作り出し、それを目的に合わせて制御する。これこそが、雪山における「着こなし」の真髄です。
  • 強度の再確認: 軽量化された現代のシェルは、鋭利な岩や氷、アイゼンの爪に対して意外なほど脆弱です。大場氏の「破れないことへの執着」を思い出し、自分のフィールドに合った「タフさ」をウェアに求める視点も忘れてはなりません。

容積を削り、「熱密度」を上げるという戦略

テントは「マジック・マウンテンのアルパインライト」という一般に市販されている二人用の小さなもの。長さ二・一メートル、幅が一・一メートル、高さが一・五メートルある。これをオーバーフライで囲み、さらにすそを雪が舞い込んでこないようにスカートでふさいで、重しに雪を乗せて安定させた。(p.110)

高さは誤植でしょうか。たぶん「一・〇五メートル」です。もっとゆったりしたテントを使われているのかと思ったら、幅が一・一メートルというのはずいぶん切り詰めたサイズです。

「狭さ」は最大の断熱材である

雪山で大きなテントを使うことは、それだけ暖めなければならない空気の量(容積)が増えることを意味します。大場氏がこのサイズを選んだのは、自身の代謝熱だけで室内温度をプラスに保つための「熱力学的な最適解」だったのでしょう。幅1.1メートルという空間は、シュラフに入った人間一人と、最低限の装備を置けば埋まってしまいます。しかし、この「余白のなさ」こそが、体温を逃がさず、室温を一気に引き上げるための強力な武器となったのです。

市販品を「南極仕様」へ昇華させるスカート処理

大場氏が施した「スカートを雪で塞ぎ、重しを乗せる」という処理は、単なる防風以上の意味を持ちます。これによりテントの下部からの冷気の侵入を完全に遮断し、テント全体を「雪面に密着したドーム」へと変貌させます。市販の道具を信じつつも、そのまま使うのではなく、現地の過酷な風に合わせて「魔改造」に近い補強を施す。この現場主義こそが冒険家の真骨頂です。

日本の雪山への教訓:居住性と熱効率の「トレードオフ」を知る

私たちはつい「広くて快適なテント」を求めがちですが、大場氏の教訓は「冬の安眠は、空間の狭さが担保する」と教えてくれます。

  • ソロでも二人用、だが「最小」を狙う: 一人で使う場合でも、荷物整理を考えれば二人用がベストです。しかし、大場氏のように幅1.1〜1.2メートル程度の「タイトな二人用」を選ぶことで、自分の熱が空間を暖めるスピードを実感できるはずです。
  • 「デッドスペース」を装備で埋める: もしテントが広すぎると感じたら、空いたスペースにザックや装備を配置し、暖めるべき空気の容積を物理的に減らす工夫も有効です。
  • 設営の「一手間」を惜しまない: スカートに雪を盛る作業は重労働ですが、その数分の苦労が、夜間の「肌着一枚で過ごせる春」を連れてきます。

断熱の「積層」と、廃熱による「乾燥室」

テント内では床に銀マットと普通のマットを二段重ねにして、その上にシュラフを置く。天井には靴下、帽子などを乾かすためのネットを張る。(p.111)

ここで大場氏が「空気注入式」ではなく「クローズドセル(発泡)」系のマットを選択している点に、冒険家の冷徹なまでのリスク管理が透けて見えます。

故障を許さない「積層」の断熱思想

マイナス50度の氷床の上に寝るということは、体温を奪おうとする巨大な氷の塊の上に身を横たえるということです。 現代のハイテクなエアーマットは高いR値(断熱性能)を誇りますが、極低温下では素材が硬化して脆くなり、小さな氷の破片一つでパンクするリスクを孕みます。大場氏が選んだのは、ナイフで切り刻まれても断熱性能を失わない「クローズドセル」の二段構え。

  • 銀マット(下層):放射熱を反射し、雪面への熱伝導を最初の防壁で食い止める。
  • ウレタンマット(上層):凹凸による空気層でクッション性とさらなる断熱を担保する。 この「1+1」の構成は、どちらかが損傷しても「ゼロ」にはならない、生存のための冗長性(バックアップ)なのです。

天井ネットという名の「パッシブ・ドライヤー」

テントの天井付近は、自らの代謝熱や炊事の残熱が溜まる、テント内で唯一の「熱の溜まり場」です。このわずかな暖気を無駄にせず、濡れた靴下や帽子を干すためのネットを張る。 極地では「濡れ」は死に直結しますが、同時に「凍結」もまた敵となります。天井ネットは、小物を凍らせずに乾燥させるための、電源を必要としない「天然の乾燥機」です。大場氏は、自身の体温さえも「居住空間の維持」という目的のために徹底的に再利用していました。

日本の雪山への教訓:マットは「足し算」で考える

雪山に復帰された際、私たちはつい「これ一つで済む最強のマット」を探してしまいます。しかし、大場氏の教訓は「薄いマットを重ねることで、信頼性と調整力を手に入れろ」と教えてくれます。

  • 「パンクしない」安心感を手放さない: もしエアーマットを使う場合でも、その下に薄いクローズドセル(山と道のミニマリストパッドや、サーマレストのリッジレスト等)を敷く。これだけで、万が一のパンク時も致命傷を避けられます。(もちろん賛否両論あります)
  • 天井の「デッドスペース」を使い切る: テント内のギアループに細引きを一本通すだけで、そこは貴重な乾燥スペースになります。翌朝、凍った靴下に足を入れる苦行を避けるために、この「熱の対流」を味方につける工夫は必須です。

時代の先を歩いた「熱交換システム」

テントの中では最初に、外の雪を持ってきて、ストーブに置いた鍋でお湯を沸かす。この鍋は、かなり工夫がしてある。(中略)工夫のポイントは、なべ底に木の年輪のような円形の溝が掘ってあり、鍋自身も風防のような覆いが取り付けてある。そこに火で暖められた空気が走ることで普通の鍋より熱伝導効率が七〇パーセントもアップしたという。(p.113~114)

現代の登山者なら誰もが知る「ジェットボイル」やプリムスの「イータパワー」に代表される、ヒートエクスチェンジャー(熱交換器)を備えたクッカー。その原型が、すでに1999年の南極のテント内で轟々と音を立てていた事実に驚かされます。

「70パーセント向上」が意味する死活問題

極地において、雪を溶かして水を作る作業は、行動そのものと同じくらい重要な「仕事」です。熱伝導効率が70%アップするということは、言い換えれば「燃料の消費を3割以上節約できる」ということ。150kgもの荷物を引く大場氏にとって、燃料の軽量化はそのまま生存確率の向上に直結します。この「溝(フィン)」の一本一本が、彼をゴールへ近づけるための血路だったのです。

既製品がない時代の「魔改造」と執念

ジェットボイルが開発に着手される2年も前に、このような構造を自前(あるいは特注)で用意していた点に、大場氏の「現場感覚」の鋭さが光ります。メーカーが「便利」として売り出す前に、冒険家は「必然」としてそれを発明してしまう。道具とは、カタログから選ぶものではなく、必要に駆られて「形作る」ものだという、冒険の原点を思い知らせてくれます。

日本の雪山への教訓:エネルギーの「質」を考える

私たちは今、高性能なガスストーブやヒートエクスチェンジャー搭載クッカーを容易に手に入れることができます。しかし、大場氏のように「なぜその形状が必要なのか」を理解して使っているでしょうか。 例えば、風防の効果を過信せず、いかに「熱を逃がさず鍋底に導くか」を意識するだけで、雪山での水作り時間は劇的に短縮されます。大場氏の鍋底に刻まれた「年輪」は、効率という名の正義を追求した、冒険家のマニフェストなのです。

想定外を「長さ」でねじ伏せる執念

テントを氷に固定するためのペグ(止め金具)を打ち始める。このペグはふつうアウトドアショップで市販されているものなら一〇センチとか一五センチぐらいの長さなのだが、私はカタバ風を予想して、スキーのスティックを長さ七〇センチぐらいに切って先端を尖らせた、特製ペグを用意してきた。(p.123)

現在であれば、24インチ(約60cm)の「イーストン・ゴールド」や、MSRの「ブリザードステイク」といった大型のスノーペグを容易に調達できます。しかし、大場氏が選んだのは、それらを凌駕する「70cmのスキーストック」でした。

雪山テント泊でバチ効きするスノーペグ、Easton Gold 24″ / イーストン・ゴールド24″ ペグ
雪が深く、ある程度締まっている場合にバチ効きするのは間違いありません。雪に刺してすぐ安定してくれるとは限りません。「刺しやすい」ということは「抜けやすい」ということです。周囲の雪がペグに粘着し硬化するまでに時間を要します。過信は禁物です。

物理的な「深さ」こそが最強の保険

「カタバ風」——南極の内陸から沿岸へ向かって吹き下ろす、時に時速100kmを超える暴風。この暴力的な風圧を前にしては、市販の15cm程度のペグなど爪楊枝に等しい。大場氏が求めたのは、氷床の深部まで到達し、梃子(てこ)の原理を封じ込める圧倒的なリーチでした。ストックの肉厚なアルミ合金は、極低温下で硬化した氷に打ち込んでも折れない強靭さを備えており、その剛性は現代の軽量ペグを遥かに凌駕します。

既製品への「控えめな不信」と自作の精神

アウトドアショップに並ぶ装備は、あくまで「一般的な」登山者を想定しています。しかし、大場氏が対峙するのは「一般」が通用しない極致。ショップの棚にあるものだけで命を預けることを潔しとせず、最も信頼する道具(ストック)を自らの手で切り、尖らせる。その「魔改造」の過程で、彼は道具に命を吹き込み、自分の意志を物理的な形へと変えていったのです。

日本の雪山への教訓:アンカーは「借り物」ではない

現代の私たちは、高性能なペグを金で買うことができます。しかし、例えば日本の森林限界を超えた稜線で、風速20mの突風に晒されたとき、そのペグは本当に「止まる」でしょうか。 大場氏の70cmペグが教えてくれるのは、「環境に対してオーバースペックすぎるほどでちょうどいい」という、雪山における安全マージンの取り方です。竹ペグを自作したり、スノーシューやピッケルをアンカーとして埋め込んだりする際、「これで抜けるはずがない」と確信できるまで深く、強く。その執念が、安眠という名の贅沢を担保するのです。

コモディティが生む「究極の適応」

プラスチックの容器にペミカンを入れてお湯を注ぎ、フタをしてシュラフに入れておく(後で食べるため)。このプラスチックの容器はお手製だ。といっても外側にクッキーの梱包などに使われる、プチプチがついた例のビニールを巻いただけだが。登山用品などで金属製の入れ物が市販されているが、あれは重いしかさばる。私にパラセールを教えてくれたノルウェー人のラース・エベッセンに「プラスチックにプチプチを巻いたほうがいいよ」と教えられて、そうしている。(p.125)

現代の登山シーンでは「コジー(保温カバー)」として、アストロフォイルなどの遮熱材を用いた専用品がガレージブランドから多数販売されています。しかし、大場氏が1999年に手にしていたのは、どこにでもある梱包材、通称「プチプチ」でした。

熱力学的に正しい「空気」の使い道

「プチプチ」の正体は、言わずもがなポリエチレンに封じ込められた静止空気です。熱伝導率が極めて低い空気を、いかに薄く軽く持ち運ぶか。高級なチタン製二重構造の容器は、耐久性こそあれど「重さ」という物理的代償を伴います。プラスチック容器に気泡緩衝材を巻くという選択は、極地において「重量対断熱効果」が最も優れたソリューションの一つです。ノルウェーの冒険家ラースが伝えた知恵は、極地という情報の乏しい場所で磨かれた「引き算の美学」と言えるでしょう。

生活と冒険を繋ぐ「俗」の力

アメリカの「エアープロダクツ社」が発明した緩衝材が、日本の会社の登録商標(プチプチ)となり、それが南極を横断する日本人の糧を守っている。この事実は、冒険が決して浮世離れした聖域ではなく、日常の技術の延長線上にあることを示しています。高価なタクティカルギアを揃えるよりも、クッキーの梱包材に目を向ける柔軟な知性こそが、不測の事態での生存を分けます。

日本の雪山への教訓:軽量化の「一歩先」へ

私たちが冬山でアルファ米を食べる際、専用の保温ケースを持っていなくても、余った「プチプチ」や使い古した銀マットの端切れで袋を作るだけで、食糧の「復元待ち」の間の温度低下を劇的に防げます。 さらに大場氏のように「シュラフに入れておく」という行為は、自身の寝床を温め、かつ食事の余熱をシュラフ内に閉じ込めるという、一石二鳥のエネルギー循環です。雪山での食事は単なる栄養補給ではなく、貴重な「熱量」の管理業務。その相棒として、安価なプラスチックとプチプチは、現在でも最高のパフォーマンスを発揮します。

「プチプチ」は俗称かと思ったら、日本の会社が登録商標にしています。

蒸気と熱を操る、足元の三層構造

靴底に汗の湿気が固まって雪になってへばりついていた。靴が湿らないように今回は靴下のはき方を少々工夫している。まず素足に羊毛の薄い靴下をはく。その上にナイロンの大きな靴下をはき、さらにその上に厚手の羊毛の靴下をはく。三枚重ねだ。薄い靴下は汗で湿るが、ナイロンを通して厚手の靴下は湿らない。でも靴底に雪がつくということは、足から出る熱が靴底で寒暖差を生み結露するのだ。(p.126)

ここで大場氏が使っている「ナイロンの靴下」とは、現代のような通気性の良いスポーツソックスではなく、おそらく「一切の湿気を通さない非透湿性のカバー」に近い役割を果たしていたはずです。当時の極地遠征では、ナイロン地にコーティングを施した防水ソックスや、極端な例では「ビニール袋」を代用することも珍しくありませんでした。

濡らさないための「遮断」という英断

通常の登山では「汗を外に逃がす(透湿)」ことが良しとされますが、マイナス50度の世界では、逃げた汗が即座に氷となり、靴全体を凍りつかせます。大場氏の構成は、

  • 第1層(薄手の羊毛):肌の汗を吸い上げる(ここは濡れるのを許容する)。
  • 第2層(ナイロン):蒸気の関門。湿気をここで止め、外側の厚手ソックスを守る。
  • 第3層(厚手の羊毛):ドライな状態で空気層を保ち、最強の断熱材として機能する。 という、極めて戦略的なレイヤリングです。

結露する靴底と「全裸の渡渉」

現代であればネオプレン製ソックスがその役割をより完璧にこなします。2016年のゴールデンピラー隊が全裸渡渉でネオプレンだけを履き通したのも、濡れても断熱性能を失わない素材への絶対的な信頼があったからでしょう。 大場氏が指摘する「靴底の雪」は、どんなにVBLで防護しても、靴内部の熱がアウトソールを通じて氷点下の地面と触れ合う限り避けられない物理現象です。冒険家は、自らの足が「熱源」であり、同時に「湿気源」であることを誰よりも自覚しています。

日本の雪山への教訓:ドライであることの贅沢

数日間にわたる日本の冬山縦走でも、靴の中が汗で湿り、翌朝凍りついて難儀することがあります。 大場氏の知恵を借りるなら、靴下をただ厚くするのではなく、間に「防水(非透湿)レイヤー」を挟むことで、インナーブーツやメインの靴下をドライに保つという選択肢が生まれます。足元を「濡らさない」のではなく「濡らす範囲を限定する」。この控えめな逆転の発想が、凍傷のリスクを劇的に下げるのです。

極限の「整い」と、暴力的なまでの自己肯定

スノーシャワーは、ロシアの極地探検家に教えてもらった。(中略)やり方はいとも簡単だ。極寒のなかを裸になって外に飛び出して行く勇気だけ。気温にもよるが、だいたい一分か一分半ぐらいはいられる。外に出ると「ヒャッホウッ」とか「ホウホウホウッ」とか、大声を出して気合いをこめながら、雪の中を転げ回って、身体のあちこちに雪をこすりつける。で、今度はテントの中にそのまま飛び込むと、身体の雪が一気に蒸発していく。ジュワ~と音を立てそうな勢いで煙を上げて、テントの中が見えなくなるくらいだ。寒さで収縮していた血管が一気に開いて血液が走り回るのが分かる。(中略)スノーシャワーの目的はもちろん身体を清潔に保つためだが、血液の循環を促して、なによりも爽快感がたまらない。そういえばロシアの探検家もキャンプにシャワーがあるのに、毎日のようにやっていた。クセになるらしい。(p.142~143)

何の本だったか、ヒマラヤ登山のベースキャンプで石を焼いて、サウナを作ったという話を読んだことがあります。長期の遠征では入浴できないことがストレスになりそうですが、こうした荒療治で対処できるとは驚きです。

入浴という行為が物理的に不可能な場所で、人は「熱と寒さの落差」を人工的に作り出し、脳を再起動させる術を見出します。

物理的な「気化」のエネルギー

テントに飛び込んだ瞬間の「ジュワ~」という煙は、雪が体温によって一気に昇華・蒸発する現象です。これは、人体が持つ強烈な熱量を視覚化したものに他なりません。マイナスの外気で冷却された体表が、テント内のわずかな暖気と自らの内部熱によって解凍される瞬間、脳内には強烈なエンドルフィンが分泌されます。ロシアの探検家たちが中毒になるのも、現代の「サウナと水風呂」がもたらす「整い」を、より暴力的なスケールで体験しているからでしょう。

汚れを落とすのは「水」ではなく「勇気」

長期遠征において、不潔であることは精神を摩耗させます。しかし、スノーシャワーが真に洗い流すのは、皮膚の汚れよりも「停滞した空気」や「孤独による恐怖」かもしれません。大声を上げて雪に飛び込むという蛮勇は、自分がまだ生きており、この環境を支配しているという強い実感を呼び覚まします。清潔さは結果に過ぎず、そのプロセスにある「闘争本能の喚起」こそが、大場氏を支えた真の目的であったように思えます。

日本の雪山への教訓:メンタルの「リセットボタン」を持つ

さすがに日本の厳冬期登山で裸になるのは、凍傷のリスクが高すぎて推奨されません。しかし、このエピソードが教えてくれるのは、「あえて厳しい環境に体を晒すことで、内なる活力を引き出す」という生理的なハックの存在です。 例えば、テントの入り口を開けて冷気を吸い込み、温かいスープを飲む。あるいは、顔だけでも雪で洗う。そうした「寒暖の対比」を意識的に行うことで、長期縦走で沈みがちな精神をシャープに保つことができます。

微細な「氷」の牙と、消化の「コスト」

足指など切断されるにいたった凍傷についての記述も興味深いです。

担当してくださったそのお医者さんは、ご自身も山屋さんで、「山の凍傷はこんなものではありませんよ。酸素が少ないのでいきなり瞬間的に血管まで凍りますから」と話していた。だから山での凍傷は手足の切断とか、重症になるのだ。(中略)南極ではその轍は踏むまいと、テントを設営するたびに私は注意深く鼻毛を切り、ヒゲを剃った。凍傷の予防のためだ。吐いた息や汗が鼻毛について凍ってしまい、そこから凍傷にかかることはよくある。食事後も凍傷にかかりやすい。血液が胃に集中するので、手足が冷えるのだ。(p.174~175)

登山家でもある医師の言葉は、高所と極地の違いを鮮明に浮き彫りにしています。酸素が薄い高所では血液がドロドロになり、末梢血管が文字通り「一瞬で」沈黙する。その恐怖を知る大場氏が、南極で最も警戒したのは「自らの吐息」でした。

鼻毛という名の「凍傷の火種」

通常、体毛は保温に役立つと考えがちですが、マイナス50度の世界では事情が異なります。鼻毛やヒゲに付着した呼気の水蒸気は、瞬時に氷の塊(アイシング)へと変わります。この氷が皮膚に密着し続けることで、伝導熱によって顔面の熱が奪われ、気づかぬうちに組織が凍結していく。大場氏が毎日ハサミを動かしていたのは、顔という「熱の急所」から、水分を保持する媒体を物理的に排除するためでした。

食事が招く「手足の寒冷化」という逆説

「食べれば温まる」という通説への、冷徹なまでのカウンター(反論)です。消化活動は人体において巨大なエネルギーを消費するプロジェクトであり、大量の血液を内臓へと動員します。 結果として、ただでさえ冷えやすい末梢(手足)の防衛が手薄になる。「お腹がいっぱいになって眠くなる」瞬間に、指先では凍傷が静かに進行しているかもしれない。大場氏のこの指摘は、食事を単なる喜びではなく、体内の「リソース配分」を変更するリスク管理として捉えていたことを示しています。

日本の雪山への教訓:食後の「停滞」をデザインする

私たちは冬山のテント泊で、夕食後にすぐ寝袋に潜り込むことがよくあります。しかし、大場氏の教訓を汲むならば、食後の血液が胃に集中している時間帯こそ、意識的に指先を動かしたり、保温に気を配る必要があります。 また、厳冬期の長期縦走であれば、ヒゲを伸ばしっぱなしにせず、適度に整えることが「顔面の凍傷」を防ぐ実戦的なテクニックとなります。清潔感のためではなく、皮膚の上に「氷の拠点」を作らせないために。(メスナーのように髭で保温することを意図していた登山家もいますが)

成熟という名の「高効率エンジン」へ

年が明けた1月10日は、大場さんの誕生日です。

私は四六歳になっていたのだった。(中略)改めて自分の年齢を意識してしまう。三〇代のころのような体力・気力が失われて、今は持久力・精神力でカバーしている。でも冒険家にとってそれは悪いことではないと思う。とくに南極のような長丁場の旅では、若すぎると力んでしまってケガを呼ぶ。むしろ恐れる気持ち、感謝の気持ちが大切なのだ。

46歳。世間では「働き盛り」と呼ばれる一方で、アスリートとしては肉体の曲がり角を過ぎたと見なされる年齢です。しかし、大場氏はここで、加齢を「機能の低下」ではなく「質の転換」として肯定的に捉えています。

「力み」を削ぎ落とすという技術

若さには、多少の無理を強引に突破させる爆発力があります。しかし、極地や厳冬期の雪山において、その「力み」は装備の破損や、限界を超えた疲労という致命的なリスクを招き寄せます。40代の冒険家が持つ武器は、自分の限界を正確に把握し、エネルギーを1%も無駄にしない「出力の最適化」です。持久力とは単なるスタミナではなく、精神を含めた「リソースの管理能力」に他なりません。

「恐れる気持ち」が編む安全網

「恐れること」は、臆病ではありません。それは環境に対する鋭敏なセンサーが機能している証拠です。若い頃には見過ごしていた雪面のわずかな変化や、風の音の変調。それらを敏感に察知し、慎重に、かつ地道に歩を進める。その「落ち着いた心持ち」こそが、荒れ狂う自然の中で自分を繋ぎ止める最強のアンカー(錨)となります。

日本の雪山への教訓:復帰という名の「再定義」

古い登山愛好家にとって、これからの登山は「力でねじ伏せる」のではなく、大場氏が説く「山と同調する」スタイルへと進化していくべきだと教えられます。体力の向上を地道に図りつつも、足りない部分は「効率的なパッキング」「精密なレイヤリング」「無理のない行程計画」といった、大人の知恵で補完していく。それは、若かりし頃の登山よりも、遥かに洗練された「知的で優雅な冒険」と言えるのではないでしょうか。

結びに代えて:私たちのザックに「大場イズム」を少々

大場満郎氏の記録を読み解いていくと、そこにあるのは「鋼の意志」というよりは、「究極にマメで、ちょっと食いしん坊な、物理オタクの生存術」だったのではないかと思えてきます。

46歳。馬力に頼れなくなったことを「むしろ好都合」と言い切るその姿勢は、体力低下に震える私たちにとって、最高に心強い「開き直り」の呪文です。

  • 「90kgは無理でも、20kgは愛せる」 新宿御苑で重力と格闘した大場さんを思えば、私たちのザックなんて、もはや「中身入ってる?」と疑いたくなるほどの軽さです。重さに文句を言う代わりに、「よし、今日も地球にしっかり立っているな」と、その重みを優雅に楽しんでしまいましょう。
  • 「鼻毛カッターは、エマージェンシーキット」 身だしなみのためではなく、顔面が氷像にならないために。雪山での「女子力・男子力」ならぬ「生存力」は、意外とハサミ一本のメンテナンスに宿るのかもしれません。
  • 「尿瓶(ピーボトル)という名の、マイ・湯たんぽ」 「不衛生」なんて言葉は、暖かい下界に置いてきました。自分の熱を1ミリも無駄にしないその執念。テントの中でボトルを抱きしめる自分に、「俺(私)、今めちゃくちゃ合理的な冒険してるわ……」と酔いしれるのも、雪山登山の密かな愉しみです。

古い登山愛好家が、かつての自分を追い越そうとするのは、もうやめるべきでしょう。大場氏のように「自分の燃費」を熟知し、餅の焦げ付きに一喜一憂し、最新のマットと銀マットを重ねて「絶対の安心」を構築できる、洗練された登山者でありたいものです。

登山口で若者に追い抜かれたら、心の中でニヤリと笑って唱えましょう。「ふふふ、私は今、これでもかというほど『ゆっくり』歩くことで、最強のアイドリングをしているのだよ」と。

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