雪山登山で水を作るための寒冷地用ガスカートリッジを比較検証

雪山で1日の3分の1は雪を溶かしたり炊事したり

ラインホルト・メスナーの「極限への挑戦者」を読んでいたら、面白い文章が目に留まりました。チョモランマ単独無酸素登頂の二日前の独白です。「チョモランマ単独行」にはこの文章は見当たりません。

規則的なスケジュールで動くようにしよう。八時間は雪を溶かして水分を摂ったり、何かを食べたりしてゆっくりしよう。八時間は、うつらうつらする、もしくは寝る。あるいは次の登攀に向けて、心の準備をするための時間。そして残りの八時間はもっぱら登攀に費やそう。(p.115)

雪を溶かして水分を摂ったり、何かを食べたりするのに8時間! 1日の3分の1を炊事と食事に費やすというのは、日本の三千メートル級の冬山とは時間の感覚がちがいます。……と、ここまで書いて、いや、案外同じかもしれない、と思い直しました。

6時から14時まで8時間行動したとして、14時から翌朝6時までの16時間は炊事と食事と睡眠に費やします。8時間連続して熟睡できることはまずなくて、夜中に寒さで目が覚めて温かいものを飲み、人心地がついたらまた寝るというパターンが多いです。テントの中でいかに快適に生活するか、そして生活の要である水(お湯)をいかに効率よく作るかは最重要課題です。

ナンガ・パルバート単独行」では、テントのスタッフサックに雪を詰めて吊るし、太陽熱で滴る水を集めることによって、燃料を節約するくだりがあります。「チョモランマ単独行」では太陽熱をより効率よく利用するために“黒いプラスチック製の袋を持ってきた”と書かれています。

ガスの気化効率、それが問題だ

三千メートル級の冬山ではテント内の気温がマイナス10℃くらいになるのはごく普通、というかそれくらいなら好条件のうちです。

昔は、就寝中にガスカートリッジを寝袋に取り込んで温めました。起床して着火すると、最初は勢いよく燃えた炎が急速に衰えて、やがて立ち消える。温めなおす。着火する。立ち消える。この繰り返しでした。

いちいちバーナー部を外して、寝袋に取り込むのは面倒くさいので、キンキンに冷えたガスカートリッジを両手で包んで温めることもありました。それが苦痛になると、ライターで底を炙ります。ライター自体、寒冷地では火が弱くなりますし、長時間炙っていると過熱して持っていられなくなります。そしたら、また手で温める……。

私はやったことがありませんが、沸かしたお湯にガスカートリッジを浸して温めるという荒技が知られています。「タコが自分の足を食べる方式」と呼んでもいいかもしれません。メーカー非推奨、というか厳禁事項です。いくら禁止されても、背に腹は代えられないので、だましだまし慎重にやっているのが実情でしょう。

来シーズンはカイロで温める方法を試してみようかな、と思っていた矢先、古い登山愛好家にとっては衝撃的なYoutube動画を観ました。

雪に埋もれたガスカートリッジで燃焼する

キャンラボさんの「雪中コラボキャンプ」の20:10付近をご覧ください。

外に置きっぱなしだったガスカートリッジとストーブの雪を払い、ライターで着火すると、すぐさま勢いよく燃焼します。バーナー部に雪が乗っかったまま! ガスカートリッジはSOTOの「パワーガス」、ストーブはイワタニの「ジュニアコンパクトバーナー」のようです。

こんな強力なガスカートリッジが出回っているのか。これなら三千メートル級の冬山で、保温する手間いらずで雪を溶かすことができそうです。

SOTOの「パワーガス」を一本釣りしても良いのですが、この際、いろいろなメーカーのガスカートリッジを比較検証してみることにしました。

なお、キャンラボさんの「坊がつる探険隊」シリーズは特にお勧めです。何度観ても面白いです。

基礎知識のおさらい

禁止事項

イワタニプリムスのサイトに掲載されている「ガス器具の安全に関する取り組みについて」は必読です。

燃焼器具とガスの基礎知識

これまたイワタニプリムスのサイトに掲載されている「燃焼器具とガスの基礎知識」あたりが大変参考になります。

ガスの種類ごとの気化温度(沸点)、混合比率

ガスカートリッジを選択するにあたってはガスの種類ごとの気化温度、混合比率を確認する必要があります。

登山用品店で売られているガスカートリッジは以下の3種類のガスのいずれかが混合されています。

ガスの種類 気化温度(沸点)
ノルマルブタン 約マイナス0.5℃
イソブタン 約マイナス11.7℃
プロパン 約マイナス42.09℃

ノルマルブタンは単に「ブタン」と表記されることが多いです。同じブタンでも「イソ」が付くと気化温度(沸点)が低くなり、より低温下で気化しやすく、つまり燃焼しやすくなります。スノーピークのガスカートリッジの型名「ProIso」は「プロパン」と「イソブタン」を意味します。

プロパンの比率を高めるほど有利ですが、カートリッジの内圧が高くなるため、登山用では30㌫くらいが上限のようです。

寒冷地では気化温度が低いプロパンが先に気化すると言われています。プロパンの比率が高いガスカートリッジであっても、プロパンが燃焼し尽したあとは、燃焼しにくくなる(気化しにくいガスしか残っていない)ということですこれは理論的にも経験的にも納得できます。

選定条件

  • タイプ: OD缶(OutDoor缶)
  • サイズ: 直径110×高さ90mm くらい(型番が230や250)
  • ガスの種類: プロパンガス混合

コールマンやキャプテンスタッグにもプロパン混合のガスカートリッジがあるようですが、今回は登山用品店で入手しやすい製品に限定しました。また、CB缶(Cassette bomb缶)は製造していないメーカーが多いので、今回は除外しました。

エントリーしたガスカートリッジ

PRIMUS POWER GAS 250T

PRIMUS POWER GAS 250T

メーカーサイト紹介ページ IP-250T ハイパワーガス(小)
内容量 225g
総重量 実測379g
ガス混合比率 ブタン約75%、プロパン約25%
推奨環境 オールシーズン
定価 ¥600+税
実売価格(購入店舗) ¥480+税(L-Breath)
コメント 一昔前は寒冷地用と言えばコレでしたが、ブタンの比率が高いので、氷点下では力不足と思われます。

PRIMUS ULTRA GAS 250U

PRIMUS ULTRA GAS 250U

メーカーサイト紹介ページ (なし)
内容量 220g
総重量 実測370g
ガス混合比率 イワタニ・プリムス株式会社に問い合わせたところ、

  • イソブタン75%、プロパン25%
  • 缶の内側には気化を促進する特殊繊維が貼られている

との回答をいただきました。

推奨環境 高所・寒冷地専用」の記載あり
定価 不明
実売価格(購入店舗) ¥449+税(ICI石井スポーツ)
コメント キャップ部分におそろしげな注意書きのシールが貼られています。「POWER GAS 250T」が高所・厳寒地でも使用可能なオールシーズン仕様なのに対して、こちらは高所・寒冷地専用です。雪山での性能に期待大です。

PRIMUS ULTRA GAS 250Uの注意書き

EPIgas 230 REGULAR

EPIgas 230 REGULAR

メーカーサイト紹介ページ GAS CARTRIDGES 230レギュラーカートリッジ
内容量 230g
総重量 376g(キャップ付き実測377g)
ガス混合比率 EPIgasのFacebookに解説あり。

プロパン:ブタン=1:9

推奨環境 使用最低気温:+10℃
定価 ¥490+税
実売価格(購入店舗) ¥339+税(ICI石井スポーツ)
コメント レギュラータイプなのに「プロパン」が表記されています。比率は少ないと思われますが、参考にエントリーさせました。

EPIgas 230 REGULAR レギュラーなのにプロパン混合

EPIgas 230 POWER PLUS

EPIgas 230 POWER PLUS

メーカーサイト紹介ページ GAS CARTRIDGES 230パワープラスカートリッジ
内容量 225g
総重量 378g(キャップ付き実測380g)
ガス混合比率 EPIgasのFacebookに解説あり。

プロパン:ブタン=3:7

推奨環境 使用最低気温:-15℃(秋~春 通年使用も可能)
定価 ¥630+税
実売価格(購入店舗) ¥436+税(ICI石井スポーツ)
コメント  PRIMUSのPOWER GAS 250Tと同じくらいのガス混合比率です。氷点下では力不足と思われます。

EPIgas 190 EXPEDITION

EPIgas 190 EXPEDITION

メーカーサイト紹介ページ GAS CARTRIDGES 190エクスペディションカートリッジ
内容量 190g
総重量 337g(キャップ付き実測341g)
ガス混合比率 EPIgasのFacebookに解説あり。

プロパン:イソブタン=4:6

推奨環境 使用最低気温:-20℃(冬、極寒冷地)
定価 ¥690+税
実売価格(購入店舗) ¥477+税(ICI石井スポーツ)
コメント 内容量は少なめです。ガス内圧が強い関係で缶の底面形状が他のタイプと異なり、大きく湾曲しています。EXPEDITIONと銘打っているくらいですので、雪山での性能に期待大です。

JETBOIL JETPOWER 230G

JETBOIL JETPOWER 230G

メーカーサイト紹介ページ ジェットパワー230G
内容量 230g
総重量 356g(キャップ付き実測378g)
ガス混合比率 イソブタン、プロパン(比率不明

モンベルに問い合わせたところ、

  • 非公表
  • イソブタンが主成分

との回答をいただきました。

推奨環境 特に記載なし(オールシーズン?)
定価 ¥600+税
実売価格(購入店舗) ¥648(モンベル)
コメント ジェットボイルはキャンプ寄りのイメージがありますが、ブタンは含まれないので雪山でも力を発揮してくれそうです。

snowpeak GIGA POWER Gas 250 ProIso

snowpeak GIGA POWER Gas 250 ProIso

メーカーサイト紹介ページ ギガパワーガス250プロイソ
内容量 220g
総重量 実測369g
ガス混合比率 イソブタン、プロパン(比率不明

スノーピーク社に問い合わせたところ、「非公表」との回答をいただきました。

推奨環境 特に記載なし(オールシーズン?)
定価 ¥520+税
実売価格(購入店舗) ¥520+税(L-Breath)
コメント スノーピークの製品はキャンプ寄りのイメージがありますが、ブタンは含まれないので雪山でも力を発揮してくれそうです。

SOTO POWER GAS 250 TRIPLE MIX

SOTO POWER GAS 250 TRIPLE MIX

メーカーサイト紹介ページ パワーガス250トリプルミックス SOD-725T
内容量 230g
総重量 385g(キャップ付き実測383g)
ガス混合比率 新富士バーナー株式会社に問い合わせたところ、

  • ブタン35%、イソブタン45%、プロパン20%

との回答をいただきました。ブタンの比率が大きいのは意外です。

推奨環境 特に記載なし(オールシーズン?)
定価 ¥616
実売価格(購入店舗) ¥565(モンベル)
コメント 今回ガスカートリッジを比較検証するきっかけとなったSOTOの製品。雪山での性能に期待していますが、ガス混合比率だけ見ると心配です。
実売価格について
EPIのガスカートリッジはすべてICI石井スポーツで購入しました。ガスカートリッジの割引キャンペーンか何かで特に安くなっていたようです。モンベルとL-Breathはポイント還元があるので、実質価格はもう少し安くなります。

ガス混合比率をグラフ化してみた

各社ガスカートリッジのガス混合比率

各社ガスカートリッジのガス混合比率をグラフ化してみました。

JETBOILとsnowpeakは混合比率が不明のため、仮の値(イソブタン80%、プロパン20%)を入れました。

気化しやすい順にプロパン(沸点:約-42.09℃)→イソブタン(沸点:約-11.7℃)→ブタン(沸点:約-0.5℃)と燃焼していきます。プロパンの比率が高くても、残りがブタンばかりだと、後半急速に燃焼しにくくなります。プロパンとイソブタンの2種類だけを混合したガスカートリッジのほうが最後まで安定して燃焼すると予想されます。

「EPIgas 190 EXPEDITION」がダントツで高スペックですが、内容量が少な目で、たくさん持とうとするとカートリッジ重量がかさむのが難点です。

「PRIMUS ULTRA GAS 250U」はスペック、価格とも優秀です。JETBOILとsnowpeakも混合比率は不明ですが、ブタンを含まないため、安定した燃焼を期待できます。

ただし、気化を促進するためカートリッジに工夫をこらしていたり、ガスストーブ側にレギュレーター(内圧調整)機構を搭載していたりと、ガスの混合比率だけで語れない面があるのも確かです。

実際の登山で比較検証中

自宅に冷蔵室や冷凍室があるわけではありませんので、実際に雪山に出かけて比較検証中です。

コメント

  1. ちゅん より:

    こんにちは。
    興味深い実験に興味津々です。

    その実行力に感謝しつつ、続報に期待しております。

    • kamiyama kamiyama より:

      ちゅん さん、コメントありがとうございます。
      雪山ではその場をしのぐのに忙しくて、なかなか定量的な観測ができないでおります。
      PRIMUS ULTRA GAS 250UやEPIgas 190 EXPEDITIONはもちろんなんの手当もなく燃え続けます。
      レギュラータイプをお湯ブースター等で問題なく使えるか検証したいと考えています。

  2. Naoya より:

    とても素晴らしい情報をありがとうございます。文章を読んでいるだけでも山を楽しめます。冬山、とても行きたいですが知識がないため行くことができません。だけどここでは行った気分になれます。感謝です。

    • kamiyama kamiyama より:

      Naoyaさん、コメントありがとうございます。励みになります。こつこつ更新していきます。

  3. Yamazuki より:

    現在SOTO POWER GASとSOTOのアミカス(シングルバーナー)を愛用していますが今年の1月に奥多摩のテン場で-10℃(自前の温度計での計測値)でしたが、カートリッジへの対策もなしの状態でテントの外で通常通り使えました。ただ後半は「気持ち火力が落ちたかな~?」っていうぐらいでしたがカバーやカイロを使えば問題ないでしょうね。

    しかし他のメーカーのガスも気にはなっていましたので非常に参考になりました。

    • kamiyama kamiyama より:

      Yamazukiさん、コメントありがとうございます。
      SOTOのガスカートリッジには気化温度が高めのブタンが35%含まれていますが、なにかしら低温に強い工夫がなされているのでしょうかね。EPIなんかはガスが少なくなるぶん、カートリッジ内側の膜が露出して、液化ガスを吸い上げて気化しやすくするらしいのですが……。