ラジオ「天気図」再起動。気象通報を解凍せよ

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いまどきの若い登山者に「昔は山で天気図を引いていた」と話しても、「なんのこっちゃ」と不思議な顔をされるにちがいありません。

カラーの雨雲レーダーも、ピンポイント予報もなかった時代、筆者はラジオから流れる「声」だけを頼りに、自らの手で白い紙の上に高低気圧を配置し、等圧線を引いていました。

「そんな面倒なことを」と思われるかもしれません。しかし、2026年の今だからこそ、あえてこの古風な技術を再起動させることには、知的な愉悦と実用的な価値があるのです。

そもそも「天気図を引く」とはどういうことか?

雰囲気がわかりやすいYouTube動画。音声は変えてあるようです。

今ではスマホの画面をタップすれば「結果(晴れマーク)」が出ますが、かつての登山者は、気象庁が発表する「観測データ」を直接受け取り、自ら予測を立てていました。

毎日午後になると、NHKラジオから「気象通報」という番組が流れます。「石垣島では、東南東の風、風力3、気圧1012ヘクトパスカル、気温24度……」といった、各地の観測地点のデータが延々と読み上げられるのです。これを「天気図用紙」という、A5サイズほどの緯度・経度と観測地点が印刷された専用の白地図に、特殊な記号(快晴なら「○」、雨なら「●」など)を使って書き込んでいきます。

「気象通報」とは音声データとして圧縮された「天気予報のアーカイブ」に他なりません。気温、気圧、風向、風速…これらの数値を書き込む作業は、バラバラになった情報を視覚的なマップへと「解凍」するプロセスと言えるでしょう。

すべての地点を書き終えた後、気圧の等しい場所を線で結んでいくと、見慣れた「等圧線」が浮かび上がり、どこに低気圧があり、どちらに動こうとしているのかが、自分の手を通じて立体的に理解できる。それが「天気図を引く」という行為の正体です。

記憶の断片:夜をわたる異国の声

筆者は大学ワンダーフォーゲル部で天気図の引き方を習いました。登山中は通常、午後4時に1回の作業です。翌日の行程が長く、一度踏み込めば撤退が困難な稜線に挑む前夜など、午後10時にまた天気図を引きました。

その習慣は社会人になって、単独行が主体になってからも続きます。山奥の寂しい夜長、手持ち無沙汰にダイヤルを回していると、ふと異国の声が紛れ込んでくることがありました。

中国や北朝鮮から流れてくる、力強すぎる歌声や熱のこもった演説(プロパガンダ)。昼間は太陽の光に邪魔されて遠くまで届かない電波が、上空の「電離層」に反射して、山を越え海を越え、数千キロ先から降り注いできました。

それらの音は、自分が今、深い山の中に独り立ち、空を介して大陸と繋がっているのだということを思い出させました。少しばかりの不安と、不思議な旅情が混ざり合った、あの独特の空気感は忘れられません。

2026年春、ラジオ気象通報の「最後の大引っ越し」

さて、これから天気図を始めてみようという方に、重要なニュースがあります。2026年3月29日をもって、長年親しまれた「NHKラジオ第2放送」が廃止されます。番組自体は「NHK AM(旧ラジオ第1)」に引き継がれますが、放送時刻は時代とともに大きく変遷してきました。

かつて、気象通報は1日3回(午前9時台、午後4時、午後10時)放送されていました。朝昼晩と空の変化を追い続けられたあの贅沢な時間は、2014年に午後4時の1回のみとなり、そして今回の新体制へと至ります。

  • 新放送時間(2026年3月30日〜):
    • 平日:15:45 〜 16:05
    • 土日:17:05 〜 17:25

令和の「山ラジオ」戦略:ワイドFMとDSPの恩恵

登山で使うなら、「DSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)」と記された国産機を強くお勧めします。これは内部のコンピュータが電波をデジタル処理するため、アナログ機にありがちな「隣の放送との混信」が少なく、狙った周波数をピタッと捉えて離しません。

さらに、現代のラジオには「ワイドFM(FM補完放送)」という強力な味方がいます。これはAM放送の内容を、ノイズに強いFMの周波数(90.1MHz以上)を使って同時に流しているものです。たとえば、NHK AM(旧第1)であれば、以下のような周波数で送信されています。

  • 東京圏:90.5MHz
  • 名古屋圏:92.9MHz
  • 大阪圏:91.3MHz

しかし、ワイドFMは直進性が強いため、山影に入るとパタリと聞こえなくなる弱点もあります。一方で、昔ながらのAM波は岩壁を「回り込む」性質が強く、ワイドFMが沈黙するような深山幽谷でも、ひょっこり声を届けてくれることがあります。

■ 山域別・NHK AM周波数ガイド
山域 放送局 AM周波数 ワイドFM周波数 特徴・備考
北アルプス(長野側) 松本 540 kHz 設定なし 涸沢、槍ヶ岳周辺など。信州側ではAM 540kHzが最強です。
北アルプス(岐阜側) 高山 792 kHz なし(一部のみ) 飛騨側で有効。地形が複雑なためAMが頼りになります。
八ヶ岳・南アルプス 甲府 927 kHz 90.9 MHz 釜無川周辺や八ヶ岳東面。甲府局のワイドFMが利用可能です。
関東近郊・広域 東京 594 kHz 90.5 MHz 出力が非常に大きく、高い稜線なら広範囲で届きます。
名古屋・中央アルプス 名古屋 729 kHz 92.9 MHz 中央アルプスや木曽周辺で、東京局が入らない時のバックアップに。
大阪・近畿圏 大阪 666 kHz 91.3 MHz 大台ヶ原や大峰山系など、近畿の山々をカバーします。

結局のところ、いまもって山奥ではAMしか届かないことが多いのが実情です。しかし、ひとつの番組を「AMかワイドFMか、その場で受信しやすいほうを選べる」ようになったのは、現代の登山者が手にした贅沢な保険と言えます。どちらか一方がダメでも、もう一方で繋がる。この二段構えこそが、今の時代の賢いラジオ戦略です。

登山に最適なラジオのおすすめは?――「ワイドFM」と「回り込みのAM」で選ぶ、失敗しない5機

登山、特にテント泊や小屋泊で「気象通報」を聴くのに適した、国産メーカー(ソニー、パナソニック、東芝など)のワイドFM対応ラジオを厳選しました。「安価(3,000円〜7,000円前後)」かつ「信頼性が高い」モデルを3つのタイプ別に紹介します。

1. 確実性重視:デジタル(シンセ)方式

ボタンで周波数を合わせるため、電波が弱い場所でも「気象通報」の周波数(540kHzや594kHz)にピタッと合わせられます。

東芝:TY-SPR4(実売 5,500円前後)

  • 特徴: 登山者に非常に人気の高い名刺サイズラジオ。
  • 利点: 軽量(約50g)で、デジタル選局なので狙った放送を逃しません。暗い場所で見やすいバックライト液晶付き。

オーム電機:RAD-P300S(実売 2,500円前後)

筆者所有モデル
  • 特徴: 国産メーカーの中では圧倒的に安価。
  • 利点: 機能を最小限に絞りつつ、デジタル選局とワイドFMに対応。とにかく安くデジタル式を手に入れたい場合に最適です。

2. 操作のシンプルさ重視:アナログ方式

ダイヤルを回して合わせるタイプです。故障が少なく、電池が非常に長持ちします。

ソニー:ICF-P27(実売 3,000円前後)

  • 特徴: 世界中で使われている超定番モデル。
  • 利点: 乾電池2本で100時間以上持ちます。スピーカーの音が大きく聞き取りやすいので、テント内で数人で気象情報を聴くのにも適しています。ワイドFM対応。

パナソニック:RF-P155(実売 2,500円前後)

  • 特徴: ソニーと並ぶアナログポケットラジオの傑作。
  • 利点: デジタルチューナーを内部に搭載しているため、アナログダイヤルながら「ピタッ」と合う感覚があり、旧来のアナログより選局が楽です。

3. 災害・非常時兼用:手回し充電タイプ

東芝:TY-JKR6(実売 7,500円前後)

  • 特徴: 防塵・防水性能(IP54相当)を備えた登山向きの防災ラジオ。
  • 利点: 乾電池だけでなく、内蔵のコンデンサに手回しで充電できるため、電池切れの心配がありません。白色LEDライト付き。

現代ツールを「温故知新」で使い倒す

かつて(いまも)天気図用紙は、一冊千円以上する「高価な消耗品」でした。1枚の失敗も許されない緊張感がありましたが、今は良い時代です。

  • 無料PDFの活用:天気図用紙 ダウンロード PDF」で検索すれば、有志が公開しているデータが見つかります。印刷して持っていけば、失敗を恐れず贅沢に書き込めます。
  • デジタル天気図: タブレットとペンがあれば、PDFの上に直接書き込み、消しゴムのカスひとつ出さずに記録を残せます。
  • ネットのバックアップ: 万が一放送を聴き逃しても、気象庁の「気象通報(漁業気象通報放送原稿)」のページにアクセスすれば、放送原稿がそのままテキストで掲載されています。

もちろん、Windyのような最新アプリも併用しましょう。自ら引いた天気図で空気の流れを掴んでいるからこそ、アプリが示す予測の「クセ」を読み解くことができるのです。

結びに:等圧線を引く、その一行の重み

自分の耳で聴き、自分の手で引いた等圧線の間隔が、明日の自分の頬を打つ風の強さを教えてくれる。その手触りのある予報を持って歩くことは、山に対する敬意の示し方の一つであり、登山という遊びを何倍も深くしてくれるはずです。

昨今の異常気象や地震を思えば、ラジオを所有することは、単なる趣味を超えた「究極の災害対策」でもあります。スマートフォンの電波が途絶え、モバイルバッテリーが尽きた極限状態において、乾電池ひとつで数日間、外界の確実な情報を届け続けてくれるのはラジオをおいて他にありません。気象通報を聴くために磨いたその受信技術は、万が一の遭難や災害時、あなたと誰かの命を繋ぐ確かな武器となるはずです。

次の山行、ザックの隅に小さなラジオを忍ばせて、空の声を聴いてみてはいかがでしょうか。

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