「登りは靴紐を緩める」「ハイカットで足首固定」はもう古い? 登山靴の常識をアップデートせよ

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私自身の冬山装備の記憶といえば、1995年頃の「プラスチックブーツ全盛期」で止まっていました。コフラックやアゾロといったプラブーツは、当時の雪山では絶対的な正義であり、重くて手入れが大変な革靴に取って代わる画期的な存在でした。

しかし、約20年のブランクを経て雪山へ復帰した際、登山用品店の冬靴コーナーを見て非常に驚きました。そこにはプラスチックブーツの姿はなく、かつて衰退したはずの「革靴」が堂々と主役の座に返り咲いていたのです。

防水透湿メンブレンや高機能な保温材の進化、そしてカーボンシャンク等による「剛性としなやかさの両立」という素材革命が、かつての重くて冷たい革靴を、軽くて暖かく快適な冬山装備へと生まれ変わらせていました。

この浦島太郎のような体験を経て、「道具がこれほど進化しているのなら、靴の選び方や履き方の常識もアップデートしなければならない」と痛感しました。そんな中で出会い、私の認識を根底から覆してくれたのが、登山靴フィッティング専門店「バックカントリー穂高」の解説動画でした。

ヨーロッパ基準の「登山靴 6つのカテゴリー」

まずは、同店の基礎講座動画(登山靴の種類と目的)で解説されている、ヨーロッパの環境を基準とした「登山靴の6つのカテゴリー」を要約します。日本の用品店ではひとくくりにされがちですが、本来は使用するフィールドごとに明確な目的を持って設計されています。

  • A. ウォーキング・ハイキング:
    街中や林道など、整地された平坦な道用。ソールが柔らかくスニーカーに近い。
  • B. トレッキング(軽登山):
    森林限界を超えない、荷物の軽い日帰り登山用。土の上を歩くのに適したグリップと軽さが特徴。
  • C. バックパッキング(重登山・縦走):
    森林限界を超え、テント泊などの重い荷物を背負う山行用。岩場でも足が疲れない硬いソールと、擦れに強い革素材が特徴。
  • D. マウンテニアリング(ライトアルパイン):
    岩登り(ロッククライミング)や残雪のミックスルート用。つま先が細く、ソールは極めて硬い。
  • E. アルパイン:
    厳冬期の雪山やアイスクライミング用。保温材が入り、アイゼンを蹴り込めるようスキーブーツのようにガチガチに硬い。
  • F. エクスペディション:
    ヒマラヤなど極寒の高所遠征用。インナーを外してテント内で乾かせるダブルブーツ構造。

認識を覆す3つの「独自見解」

ここからご紹介する内容は、バックカントリー穂高の店主・太田氏が独自の視点から展開している考え方です。登山靴の選び方や履き方にはさまざまな流儀があり、必ずしも業界全体で一致した見解というわけではありません。

そのうえで、私自身は20年近いブランクを経て雪山へ復帰した立場だからこそ、「なるほど、そういう歴史的背景があったのか」と腑に落ちる点が数多くありました。ここでは、特に従来の常識を見直すきっかけになった3つの主張をご紹介します。

1. 「ハイカットは足首を安定させる」という勘違い

私を含め、多くの人が「ハイカットの登山靴は、足首を固定して捻挫を防ぐためのものだ」と思い込んできました。しかし、太田氏はこれを一刀両断します。

彼によれば、ローカットとハイカットの違いは、靴の中に小石や泥水、雪が入るのを防ぐ「屋根があるかないか」の違いに過ぎません。岩場や重装備で歩行する際のバランスや安定性を決めているのは、足首を覆う布の高さではなく、あくまで「ソールの硬さ(シャンクの剛性)」なのです。

2. 「登りと下りで靴紐の締め方を変える」のは昔の都市伝説

昔の登山では「登りは足首が動かしやすいように上部の紐を緩め、下りは足が前にズレないように一番上までしっかり締める」と教わりました。これもまた、現代では意味をなさない「死語」なのだそうです。

1980年代から1990年代、冬も夏も同じ革靴を履いていた時代。当時の革は分厚く、足首部分が全く曲がりませんでした。そのため、雪のない夏山の登りでは、あえて紐を緩めて足首を無理やり動かせるようにする「ごまかしのテクニック」が必要だったのです。

しかし、革を薄くスライスする技術が発達し、用途に合わせてしなやかに足首が動くように設計された現代の登山靴において、途中で紐を緩める必要は全くありません。正しく選んだ靴であれば、「登りも下りも、最初から最後までしっかり締めておく」のが基本です。

3. アルパインブーツ(岩稜帯用)は日本の登山道ではミスマッチになりがち

日本の店舗で「北アルプスに行くためのしっかりした靴を」と求めると、前述のカテゴリー「D. マウンテニアリング」や「E. アルパイン」に属するブーツを勧められることが多々あります。

しかし、ヨーロッパで生まれたこれらの靴は「垂直に近い岩や氷の壁を登り、下りは懸垂下降やロープウェイで降りる」ことを前提に設計されています。そのため、岩の狭い段差に立ち込めるようにつま先が細く、ソールが全く曲がらない構造になっています。

この靴で、槍ヶ岳のように「延々と続く長い登山道を自分の足で下って帰る」という日本の山岳事情に挑むと、つま先が靴に当たり続け、爪を痛めたり剥がしたりする大きな原因となります。日本の北アルプス縦走に最も適しているのは、実は「C. バックパッキング用」なのです。販売側の都合(輸入ノルマなど)でオーバースペックな用途違いの靴が売られている現状への指摘は、非常に考えさせられるものでした。

まとめ

20年ぶりに雪山へ復帰した私にとって、最も大きな驚きは道具の進化そのものでした。かつて当たり前だったプラスチックブーツの時代は終わり、素材や設計思想の進歩によって、登山靴そのものが大きく様変わりしていたのです。

そして、それ以上に印象的だったのは、「硬い靴ほど上級者向け」「ハイカットほど安全」といった先入観ではなく、「どんな山を、どのように歩くための靴なのか」という本来の設計思想から考えるという視点でした。

登山靴以外の山道具もまた、日々進化を続けています。固定観念にとらわれず、ときには自分の常識を見直しながら、知識をアップデートしていきたいものです。

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