
自分の吐く息でゴーグルが曇り、視界が真っ白になる。
進まない苛立ちに叫び出しそうになり、それでも足を前に出し続ける。
「映える」写真など一枚も撮れない。
そんな泥臭い(雪臭い)体験を経てはじめて、スノーシューやワカンについて真に語ることができるのではないでしょうか。
厳冬の槍沢脱出行
1980年代、ある年の2月初旬に中房から表銀座、槍穂高を目指して入山しました。雪深い時期、しかも週末のトレースが消える平日をわざわざ選びました。合戦尾根を2人パーティーが下山してきた以外、登山者を見かけませんでした。
泳ぐようなラッセルではワカンを装着しないほうが良いこともある

ヒュッテ西岳のわきに幕営して悪天をやり過ごしているとき、ラジオが「夜半から冬型の気圧配置が強まる」と告げました。
やばい。ますます身動きがとれなくなる。急いで撤収し、槍沢へ下る急斜面に飛び込みました。「日本登山大系 槍ヶ岳・穂高岳」190頁の概念図に点線で「下降路」と示されている谷筋です。
雪崩が怖い。膝から腰までもぐります。急斜面なので雪をかきわけるように足を動かし続けるかぎりは進みますが、足を留めるとその場でセメントで固められたように動けなくなります。ワカンを装着すると雪のなかでアンカーとなってしまうので装着しませんでした。
デブリは危険な兆候だけどその上は意外と歩きやすい

槍沢と合流してからワカンを装着。赤沢山寄りの斜面をトラバースするように進みました。地形の関係で谷底に近づくと、頭まで没することがあり、肝を冷やしました。
小さなデブリ跡の上を歩くと、あまりもぐらずにすみました。デブリと言うと、こんもりした丘のようなものを想像しますが、多方向からせめぎ合う力の影響なのか、ある地点では15メートルくらいの高さの塔となってそそり立っており壮観でした。
「ここは厳冬期に人間が来る場所じゃないよ」と言われている気がしました。
数時間ラッセルして、槍沢ヒュッテにたどり着き、その軒下に幕営しました。
ワカンの急所はベルトの固定力である
翌朝、「さぁ、今日は下山して,旨いものを食べて、熱い風呂にはいるぞ」と出発したものの、10時間くらいラッセルして、横尾にたどり着くのが精一杯でした。ワカンのベルトが緩んで、しょっちゅう手直ししました。「ええぃ、邪魔くさい」と外してしまう場面もありました。
翌日、やっと旨いものと熱い風呂にありつきました。徳沢の小屋番氏は「いま槍穂高に入山しているのは他に韓国人の4人パーティーだけだ。涸沢を上ると言うので留めたが、聞き入れてくれなかった」と語っていました。
目からウロコのラッセル技術

世界的なアルピニスト・山野井泰史さんはワカンを使わないそうです。理由は「かっこ悪い」から。う~ん、しびれます。深読みするならば、ラッセルする体力に自信があって、かつ岩壁で行動しやすいように軽量化を優先しているということでしょう。
このワカンの話、山岳雑誌の対談でもされていたと記憶します。じゃあ、深雪のラッセルではどうするのかと言うと、「腹ばいになって泳ぐ」みたいなことを発言されていました。
目からウロコです。そうか、そんな手があるのか。たしかに腹ばいになれば、接地面積が大きくなり、潜りにくい。
教科書的なノウハウにとらわれない発想に感服しました。そして、我が「厳冬の槍沢脱出行」でその手を使えば楽ができたのではないかと悔みました。
日本の雪山でもスノーシューが有効
日本の雪山は地形が複雑で雪面のコンディションがコロコロ変わるので、アイゼンと併用しやすく、小ぶりで取り回しが良いワカンが有利だとされています。
ところが……。
舟生大悟さんの「親不知~西穂、厳冬期単独縦走」

舟生大悟さんが2016年12月24日から27日間かけて親不知~西穂、厳冬期単独縦走するという驚異的な登山を成し遂げたとき何を履いたかと言うと、ワカンではなくスノーシュー(MSR ライトニングアッセント)でした。
その行程には不帰ノ嶮、大キレット、穂高といった名だたる岩稜帯が待ち構えています。日本の雪山縦走のすべてを含んでいると言っても過言ではないでしょう。
「なんだ。日本の雪山でもスノーシューが有効じゃないか」と思ったのは私だけでしょうか。
- 山と渓谷2017年4月号「ひとりで向かった厳冬北アルプス」(p.208)
- PEAKS 2019年3月号「舟生大悟」(p.113)
- 「舟生大悟さんの「親不知~西穂、厳冬期単独縦走記録」@『山と溪谷』4月号」
新井裕己さんの「冬季槍ヶ岳北鎌尾根縦走」

故・新井裕己さんは冬季槍ヶ岳北鎌尾根縦走でスノーシュー(MSR デナリアッセント)を履きました。
曰く《デナリアセントが最高です。(中略)僕のスタイルだとスノーシュー+スキーというのは結構アリですね。 山によってはアイゼンの代わりになるので、アイゼンの代わりに持てばいいのかもしれません。スノーシューの歯でもクラスト斜面や垂直に近い木登り、さらには爪を引っ掛ける岩のクライミングもできました。》
まとめ

スノーシューか、ワカンか。 その議論は30年前から繰り返されています。
もっと雪山登山に向いた軽くて浮力が高い道具を開発できないものか。その嘆きも30年前から繰り返されています。
まだ一般的ではありませんが、意欲的な製品がなくはありません。詳しくはこちらの記事をご参照ください。

最後に。
Amazonの「カートに入れる」ボタンを押す前に、少しだけ想像してみてください。 もし、そのピカピカのギアが壊れたら、自分は腹ばいになってでも帰ってこられるだろうか、と。 そんな覚悟を持って選んだ道具なら、それが最新のスノーシューであれ、伝統的なワカンであれ、きっとあなたを裏切らない最高の相棒になるはずです。




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