ジェットボイルは2006年に日本に上陸しました。筆者は2010年から使い始めました。
雪山テント泊で寝袋にはいって片肘ついた体勢で黙々と雪を溶かすとき、山頂でカップラーメンを味わうとき、ボルダリングの岩場でムーブを考えながらコーヒーをすするとき、いつもかたわらにはジェットボイルがあります。
もともとは軽量コンパクトなシングルバーナーとクッカーのセットを愛用し、ジェットボイルと使い分けていました。が、時の試練をへて、いまやジェットボイル一辺倒です。
登山装備を選ぶとき、よく「どうせ買うことになるから、最初に買ってしまったほうが結局トクだよ」なんて言い方をします。ジェットボイルはそのひとつです。
この記事では、未経験者(従来型のバーナーやクッカーの使用経験くらいはある人)のために、
- どんな特徴があるの?
- 長所と短所は?
- 使いこなすうえで注意点やコツや工夫は?
といった点を解説します。
あまり言及されない斬新な機能や、長年の経験から得たノウハウ、Tips、よもやま話を含むので、経験者にも新たな発見があるはずです。
ジェットボイルの特徴
長所
- お湯が沸くのが速い
- 燃費が良い
- 風の影響を受けにくい
- コンパクト収納
- 一体型の安定感
お湯が沸くのが速い
人呼んで「瞬間湯沸かし器」。まあ、「瞬間」は大げさだとしても「高速」であることは間違いありません。
コーヒーを飲みたくなったら、
- クッカーに水を注いで、火力を全開にする。
- ドリップコーヒーとマグカップをごそごそと探す。
- ドリップコーヒーのパッケージを開け、パッケージをゴミ袋に入れる。
- ドリップコーヒーのフチを切ってセットする。
- さて、ちょっとお菓子でもつまもうか。
と手順を踏むうちに、ジェットボイルがぐつぐつ沸き出して、食パンをくわえて家を飛び出す高校生なみに慌てるハメになります。
燃費が良い
長期の縦走であれば、燃費の高さによりガスカートリッジの個数を削ることができ、結果的に荷物が軽くなります。
熱が漏れにくく、風の影響を受けにくい
燃費の良さは、クッカーの底のフラックスリング(アルミ素材の蛇腹)が熱を逃さず吸収するためです。
- 手を近づけてもあまり熱を感じない。
- 風の影響を受けにくい。
風の影響を受けにくい、とは言っても、ビュービュー吹いても大丈夫、という意味ではありません。そのレベルを求めるなら、MSRの「ウインドバーナー パーソナルストーブシステム」を選ぶことになります。
普通のシングルバーナーだと、そよ風くらいでも炎が横に流れて、お湯が沸きにくくなります。風防で囲いたくなります。
しかし、ジェットボイルなら多少の風は気になりません。風防を持ち歩かないですみます。
コンパクトに収納できる
左からゴトク、バーナーヘッド、ガスカートリッジ(100g缶)、ゴトクです。これをスタッキングすると……。
ゴトクの中央の穴にガスカートリッジのキャップが嵌り、バーナーヘッドの周囲にスタビライザーが嵌ります。見事と言うしかありません。
この手の緻密な工作は本来、日本人が得意とするはず。ジェットボイルが米国で生まれたことに複雑な気持ちをいだきます。
全パーツを小型のクッカー内部にすっぽり収納できます。
フラックスリング内側の空洞にもモノを入れることができます。(後述)
一体型で安定している
普通のクッカーを倒すと、水をぶちまけたり、床を焦がしたりと大惨事になります。
ジェットボイルだと、フタをしっかり閉めてあれば注ぎ口から水漏れするくらいです。直火が露出せず、熱の漏れが少ないので、すぐに立て直せば床を焦がさずにすみます。
短所
- 細い湯を注ぎにくい
- やや重い
細い湯を注ぎにくい
登山にドリップコーヒーを持ち込む人は多いでしょう。ジェットボイルの注ぎ口は大雑把な楕円形なので、コーヒー豆に細い湯を渦巻状に落とすフォーマルな淹れ方が苦手です。
ドボドボとふりかけるような注ぎ方になります。がんばって細く絞ると、勢いが足りずクッカーをつたってこぼれます。
熱可塑性エラストマー製のフタは成型の自由度が高いはずなので、注ぎ口を改善してほしいものです。
この蓋問題については解決策を別記事にしました。
やや重い
標準的なシングルバーナーとクッカーのセットと比較すると、絶対的な重量が「やや重い」ことは否定できません。が、言うほど重くありません。
筆者がジェットボイルに乗り換える前に愛用していた湯沸かしセットと比較してみましょう。
- スノーピークの「地」+エバニューの「Ti Tea pot 500」=210.5g
- ジェットボイルのバーナーとクッカー=243g
わずか30gちょっとの差です。
ジェットボイルは、付属のスタビライザー27g、ゴトク35g、プラスチックカバー30gを除けば、こんなに軽いのです。
先に述べたように、ジェットボイルは風の影響を受けにくいので、風防を持ち歩く必要性が減ります。湯沸かしセット全体では同等か、むしろ軽い場合さえあります。
ジェットボイルを使いこなす注意点、コツ、工夫
フタをパチッと留まるまで押し込む
ジェットボイルを倒しても水がこぼれにくい長所は、フタがしっかり閉まっていればこそです。
お湯を注いでいる最中にフタが外れてアッチッチ!とならないためにも、フタに刻まれた溝の最奥まで嵌めこみましょう。
筆者があみだしたコツは「蓋全体を漫然と押し付けるのではなく、4箇所留めを意識する」こと。
①注ぎ口側を強く押し込む。
②反対側を強く押しこむ。パチッと嵌る感触があるはず。
あいだの③, ④を強く押しこむ。
最低限、この4箇所がしっかり嵌っていればOKです。
フタを閉めるときはバーナーから外す
クッカーをバーナーにセットしたままフタを閉めると、根元に無理な力が加わり、ガス漏れなど不具合を招くおそれがあります。バーナーから外した状態で閉めるようにしてください。
横着してバーナーにセットしたまま、だましだましフタを閉めると、しっかり嵌まりません。
ハンドルを持ってはいけない
コジー(ネオプレン製のカバー)のハンドル(取っ手)をマグカップのように持つと、ぐにゃりと伸びて不安定です。クッカーをわしづかみし、指の背にハンドルを当てるのが本来のやり方です。
圧電点火装置は低圧低温に弱い
圧電点火装置(オートイグナイター)は低圧低温の環境下では火花が飛びにくくなります。雪山や高山で使う場合には、別途フリント式ライターを携行しましょう。
フリント式とは歯車を回して着火するタイプのこと。電子式は圧電点火装置と同様、低圧低温の環境下では火花が飛びにくくなるのでNGです。
フリント式ライターを底に格納すべし
フリント式ライターはフラックスリングの内側に格納し、ジェットボイルと一心同体で携行することをおすすめします。
ほかにコーヒーや紅茶のパック、非常食など入れる余裕があります。
ジェットボイルは一見、図体がデカいですが、こうしてデッドスペースを余すことなく活用すれば荷物をコンパクト化できます。
ちなみにカップ(カバー)を嵌めるときは、切り欠きの位置を合わせて押し込み、捻ります。すると、すこしガタつきがあるものの、よほど強く引き抜かない限り外れません。
カップを外す時は逆に、捻って切り欠きの位置を合わせ、引き抜きます。
ポリ袋で汚れやサビを防ぐ
全パーツをクッカーに収納する場合、小さなポリ袋で包むことを強く推奨します。
剥き出しで収納すると、
- 地べたに置いたスタビライザーやガスカートリッジの汚れがクッカー内部に付着する。
- クッカー内部に残った水分でガスカートリッジやバーナーのパーツが錆びる。
といったデメリットがあります。
ポリ袋に包めば、お互いに幸せになれます。
キッチンペーパーやティッシュペーパーがあれば、クッカー内部に残った水分を拭き取ってから収納しましょう。なければ、ごく短時間クッカーを空焚きして水分を完全に飛ばすのも悪くありません。蓋の裏に付いた水滴まではとれませんが……。
普通のクッカーも使える
付属のゴトクを利用すれば普通のクッカーをのせることができます。まず、ゴトクの足を90度回転させて、先端を中央に向けます。
足の下部にある切り欠きをバーナーの円周部に嵌めます。
「サーマルクッキング」で燃料を節約する
サーマルクッキングを利用すれば、加熱調理において燃料を節約できます。中身が煮立ったら火からおろし、底にプラスチックカバー(軽量カップ)をかぶせます。するとフラックスリングからの放熱を防ぎ、余熱で調理できます。
「えっ、プラスチックが溶けるんじゃないの?」と思いますが、カバー(飽和ポリエステル樹脂製)が本体と接触しているのはフチの段差部分だけなので大丈夫らしいです。
手で持つと、温かくなっているのがわかります。
フラックスリングはその表面積の大きさで火の熱を高い効率で吸収します。と言うことは、火を止めたあとは逆に放熱しやすいということです。
- 水を沸騰させる。
- 麺を入れて、再沸騰させる。
- 火からおろして「サーマルクッキング」する。
余熱調理をしないまでも、沸かして余ったお湯が冷めないようにカバーをかぶせて放熱を防ぎましょう。
この「サーマルクッキング」については取扱説明書の片隅に、
調理終了後の作業について。(中略)やけどと中身の冷えを防止するため、プラスチックカバーを専用クッカーの底に装着します。
と書かれているだけなので知らない人が多いかもしれません。
これを知ってから、筆者は「クッカーを火から下ろしたら、すぐにカバーをかぶせる」動作を習慣化しました。従来は、ベニヤ板等の上に置くだけだったので、狭いテント内で身動きしたとき寝袋が熱いフラックスリングに触れて焦げたりしないか一抹の不安がありました。側面までカバーで覆ってしまえば、その心配はなくなります。
筆者はもともと、このカバーを味噌汁やスープ用のカップとして利用していました。味噌汁をすすると、切り欠きにワカメが引っかかるのが玉にキズでした。主食は尾西のアルファ米やモンベルのフリーズドライなので、ジェットボイルだけで食事が完結したものです。(コーヒーカップを除く)
今では味噌汁、スープ用に別途、エバニューの「チタンカップ400」を携行しています。そのぶんの重量はベニヤ板を省略することで帳尻を合わせました。
「スチーム&ボイル」(蒸し料理)ができる
クッカーで湯を沸かし、フタの上に材料をのせて、プラスチックカバーをかぶせると蒸し料理ができます。
オプションの「コーヒープレス」でフレンチプレスを堪能できる
オプションとして「コーヒープレス」が用意されています。
バリバリの山屋でも、息抜きに小川山で焚火キャンプを愉しむことはあるはず。ジェットボイルを携行すれば、フレンチプレスで大量のコーヒーを一気に淹れることができます。
このコーヒープレス、分解するとロッド(棒)の部分は2分割してクッカー内に、フィルター部分は底のカバー(底のカップ)内に収納できます。(ZIP、マイクロモの場合、ガスカートリッジのキャップとゴトクを取り出さないとロッドが入らない)
底のカップをエバニューのカップにすげ替える
底のカップ(プラスチックカバー)の代わりにエバニューの「チタンカップ400」をぴったり嵌めることができます。
このノウハウ、最初に世に知らしめたのは筆者だと自負しています😤。今ではあちこちで言及されています。
しかし、底のカップは残り湯の放熱や、接触による火傷を防ぐ最適な用途がある(前述)と知ってから、筆者はすげ替えることなく「チタンカップ400」を別途携行しています。
雪を溶かすときは水に浸す
ジェットボイルに限った話ではありませんが、雪を溶かすときはまずクッカーの底に1~2cm水を満たします。いきなり雪の塊だけを投入すると、クッカーの底と接触する面積が少ないため、空焚きに近い状態になって危険です。
私が使っているモデル「SOL チタニウム」の場合、コジーに材料ごとの加熱方法が印刷されています。雪を強火で溶かすのはNG。フラックスリングの材質はアルミ合金で、クッカー本体の材質はチタニウムです。チタニウムは熱伝導率が低めなので、フラックスリングが過熱して溶け落ちた事例が報告されています。「SOL チタニウム」が再生産されないのは、そうした事故が多かったためではないかと推測します。
ジェットボイルでラーメンを煮ない
筆者はお湯を沸かす以外の用途にジェットボイル専用クッカーを使ったことがありません。
煮込み料理をしたあと、コーヒー用の湯を沸かすと、不味いことまちがいなしです。
美味いコーヒーを飲めないくらいなら、煮込み料理用に別途クッカーを携行します。
ゴトクを忘れると、クッカーを持ち上げた状態で腕プルプルの刑に処されますが、それでもかまいません。
貧乏学生時代、下宿では誰もがポットと電熱器が一体化したタイプの湯沸かし器を使っていました。友人の下宿を訪ねると、ポットの底にラーメンを煮たときの麺の一部がこびりついて残っており、辟易したものです。(さすがにスープはどんぶりに移してから混ぜていた)
その忌まわしい記憶から、ジェットボイルでラーメンを煮ない、と心に誓っています。
別途、クッカーを携行するなら最軽量のこちら。
ガスカートリッジのレギュラー缶がぴったりおさまるので収納性は抜群。フタ(フライパン)は、雪山テント泊でガスカートリッジの「ぬるま湯ブースター」として最適です。
ジェットボイルを吊り下げる
平らで安定した地面がない状況で、ジェットボイルを吊り下げて使えるように「ハンギングキット」が用意されています。
ジェットボイルを使う全員が全員、岩壁のなかでジェットボイルを吊って炊事するわけではありません。しかし、雨天時にテントのなかでお湯を沸かすくらいは経験するでしょう。そんなとき、転倒防止のために天井ループにつなぐと気休めになります。
しかし、純正品は嵩張ります。お値段も張ります。そこで……。
自作の吊り下げシステム
「登山ギアガイド2016」で見かけた写真(p.91)を真似して、吊り下げシステムを自作してみました。材料はNEMOのガイラインキット(直径2mm)の余りです。コジーはあまり熱くならないので溶けることはないはず。綿100%のタコ糸のほうが安心かもしれません。
自作の吊り下げシステム(MARKⅡ)
クッカーの周囲を結束バンド(インシュロック、ケーブルタイ)で締めるように改良しました。素材の「ナイロン66」の連続耐熱温度は80~150℃とされています。
耐熱性が高いケブラーコードで吊り下げます。いつもの癖で末端のささくれをライターで焼いて融着しようとしたら、焦げるだけで溶けませんでした。
この結束バンドはロックを解除して取り外すことができます。が、きっちり締め込んでしまうと、解除用のレバーを効かせにくくなくなります。指ではさんで効かせられるように、隙間を残す必要があります。
結束バンドの長さについては、ジェットボイルを締めるだけなら、40cmあれば十分です。多目的に利用する(登山靴のソールが剥がれたとき固定する、スノーシューのバンドが切れたとき代用する等)なら、45cmくらい欲しくなります。
世界的アルパインクライマーの吊り下げシステム
世界的アルパインクライマー平出和也さんもジェットボイルの愛用者です。YouTube動画で独自の吊り下げシステムを紹介されています。クッカー本体にリベットを打ってワイヤーで吊り下げているようです。
純正品が実は優れている
たしかに純正品の「ハンギングキット」は三角形の枠がいかにも嵩張り、低い位置(バーナーくらいの高さ)で挟むだけなので不安定そうに見えます。
しかし、ジェットボイルほど完成度の高い道具を販売する開発元が「素人が一目で見限るようなズサンな設計」をするとは考えにくい。
素人なりに物理的な考察をしてみました。
- 三角形の隅から頂点へ向かうワイヤーがクッカーの上部を軽くはさむので、実はクッカーが傾きにくい。
- 支点が重心に近いので、振り子運動が抑制される。
- 水平方向に回転する揺れについては、三角形の枠によって回転の半径が大きくなるぶん、緩やかになる。
忘れてならないのは「バーナー部を吊り下げたままクッカーだけ取り外せる」自由度の高さです。
純正品、実は相当なスグレモノでは? たたむと箸くらいの体積になります。吊り下げるためのワイヤーは自作だろうが純正品だろうが必須なので、ある意味「ゼログラム」です。
もしジェットボイルを吊り下げて使う場面が多いなら、素直に純正品を携行するのが正解かもしれません。
まとめ
ジェットボイルの一体型モデルでは基本的な特徴(長所、短所)、注意点、コツ、工夫が共通しています。
モデル毎の細かいスペックを比較するにはこちらの記事をご参照ください。
ジェットボイルのクッカーと固形燃料と組み合わせた爆速湯沸かしシステムについてはこちらの記事をご参照ください。
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