
登山のトレーニングにおいて、最強のメソッドは何か? その問いに対する私の答えは、昔も今も変わりません。「歩荷(ボッカ)」です。
かつて私は、大学のワンゲル部時代に35kgのザックを背負い、標高差350mの裏山を約30分で駆け上がるというタイムトライアルに明け暮れていました。登り切ったときの心拍数は180を振り切ります。あれほど筋持久力と心肺機能を同時に、そして強烈に鍛え上げるトレーニングは他にありません。

しかし、現実は残酷です。社会人になり、マンション暮らしになった今、都合よく「歩荷用の裏山」なんてありませんし、アスファルトのジョギングは膝が悲鳴を上げます。そして何より困るのが「雨の日」です。
若かりし私は、雨で裏山に行けない日、部室でひたすら「フルスクワットを1000回(最長2000回)」やるという、完全に知性を放棄した根性トレーニングに走っていました。確かに足は鉛のように重くなりますが、息はまったく切れません。山の急登で一番苦しい「心肺への負荷」がすっぽり抜け落ちていたのです。
もしあの頃、私に「HIIT」の知識があれば……。もっと効率的に、実戦に近い充実したトレーニングができていたはずなのに!と、今でも激しく悔やんでいます。
HIIT(High-Intensity Interval Training=高強度インターバルトレーニング)とは、「数十秒の全力運動」と「短い休憩」を限界まで繰り返す手法です。
これは「短時間で心臓と筋肉を同時にパニック状態に陥らせる」魔法のメソッドです。ダラダラと1時間スクワットを続けても息は切れませんが、HIITならたった数分で、重いザックを背負って急登を見上げた時のあの「ゼェゼェ、ハァハァ」という強烈な心肺負荷(酸素負債)を意図的に作り出せます。つまり、「山でバテる前に、部屋で先にバテておく」ための最強の時短テクニックなのです。
3種目の絶妙なバランス(運動生理学的な素人の考察)
あらかじめお断りしておきますが、私は運動生理学の専門家ではありません。あくまで「かつて35kgを背負って山でタイムトライアルしていた自分の体感」に基づく推論ですが、現在採用している3種目は、登山の「エンジン」を作る上で非常に理にかなったバランスになっています。
- 筋力・筋持久力・心肺機能のトライアングル
- 筋肉に強い圧をかける種目、長く動かし続ける種目、そして心臓を追い込む種目が綺麗に分担されています。
- 動きの方向性の分散
- 「全身の上下動(バーピー)」「後ろに下がる動き(バックランジ)」「膝を前に突き上げる動き(マウンテンクライマー)」と、ベクトルが異なるため、特定の関節への偏った負担を避けられます。
それでは、自宅のリビングを斜度30度の急登に変える「サイレントHIIT」の3種の神器をご紹介します。
① 飛ばないバーピー:全身の連動と強烈な「心肺負荷」
しゃがみ込みから足を後ろに伸ばし、また戻して立ち上がる一連の動作は、下半身、体幹、上半身の筋肉を総動員します。一度に多くの筋肉が酸素を要求するため、筋肉への刺激と同時に心臓を爆速で回転させ、強烈な酸素負債(息切れ)を作り出します。これは、急登で重いザックを背負って岩場をよじ登る時のような、筋力と心肺機能の両方を極限まで追い込む役割を担っています。
ワンゲル時代、インターバルトレーニングのひとつとしてバーピーをやらされ、そのべらぼうなキツさを体が覚えていました。ただ、ジャンプを伴うためマンションでは絶対にご法度です。どうしたものかと悩んでいた時、YouTubeで「飛ばないバーピー」という種目を見かけ、「なるほど、その手があったか!」と自分の発想の貧困さを猛省した次第です。
飛ばないだけでなく、しゃがんで足を後ろに伸ばす際、両足同時ではなく「片足ずつ伸ばして、片足ずつ戻す」やり方を採用しています。両足同時の跳躍的な動きが消えるため運動強度は少し落ちますが、「左右交互に動かす」という点でより登山の歩行に近い実戦的な動きになります。
正直、トレーニング効果だけならこの種目だけを延々とやっていれば十分なくらい全身の筋持久力と心肺機能を使います。ただ、上下の動きが激しすぎるため、長時間やり続けるとシンプルに目が回ります(笑)。
② バックランジ:後ろに下がる動きで鍛える「筋力」と下山のブレーキ
片足を大きく後ろに引き、前足の膝が90度になるまで腰を落として戻すこの運動は、言わば「踏み台のいらない踏み台昇降」です。足を後ろに引いて沈み込む際、前足の太ももとお尻の筋肉が引き伸ばされながら耐える力(エキセントリック収縮)が強く働きます。
これは、登りの一歩で踏ん張る「筋力」を鍛えるだけでなく、下山時に膝を守る「ブレーキの筋肉」を養成する上でも非常に効果的であり、筋肉に強い圧をかけ続ける役割を果たします。
③ マウンテンクライマー:膝を前に突き上げる動きで「心肺機能」をレッドゾーンへ
腕立て伏せの姿勢から、左右の膝を交互に胸へ引き寄せる種目です。関節に体重の着地衝撃をかけずに、脳からの指令で股関節を高速で屈曲・伸展させ続けます。これにより、筋肉の疲労以上に神経系と心肺を限界まで追い込み、心拍数を強制的にレッドゾーンまで跳ね上げます。
歩荷タイムトライアル終盤の「心臓が口から出そうになる感覚」を安全に作り出し、心肺機能を徹底的に強化する役割に特化しています。
これを取り入れた最大の理由は……「マウンテンクライマー」という名称だからです。登山者として、クライマーとして、こんなに意欲をそそられる名前をやらないわけにはいきません。
今後の展望:時間で追い込むか、重量(ザック)で地獄を見るか
現在、私はこの3種目を回数ベース(飛ばないバーピー10回、バックランジ20回、マウンテンクライマー50回)で10セット、約30分で行っています。
回数決め打ちだと「早く終わらせれば長く休める」という欲求が働き、それはそれでスピードアップに繋がっていました。しかし、このトレーニングにもだいぶ体が慣れてきました。今後、この30分という限られた枠をさらに充実させ、登山の持久力へと昇華させるため、二つの方向性で負荷を上げることを考えています。
一つ目は、HIIT本来の「40秒全力運動/20秒休憩」の厳密な時間配分へのシフトです。早く終わって休むという甘えを捨て、40秒間ひたすら動き続けることで、山の急登での「あと一歩の粘り」をさらに研ぎ澄ませていくつもりです。
そして二つ目は、40秒/20秒化とは別方向のアプローチ。水を入れたペットボトルや雑誌などを詰めたザックを背負い、物理的な負荷を上げるという案です。 かつての裏山歩荷に最も近い形ではありますが、冷静になって「15kgのザックを背負ったままバーピーで床に這いつくばり、また起き上がる」という自分の姿を想像してみたところ……間違いなく地獄絵図になると確信しました。マンションの床が抜ける前に私の腰と心が折れそうなので、今のところは「想像するだけ」にとどめ、安全圏から様子を窺っています(笑)。
翌日の「スロージョグ2km」は敗北ではない

このHIITを本気でやると、特にマウンテンクライマーによる神経系の疲労も相まって、翌日は驚くほど深い疲れが残ります。「ジョギング5〜10キロの予定だったのに、足が重くてスロージョグ2キロでギブアップした……」と落ち込むことしばし。
むしろ、たった30分の室内トレーニングでそこまで体を追い込めた自分を褒め称えるべきかもしれません。その2キロは敗北ではなく、激闘を終えた筋肉と神経に血流を送り込む「極上のリカバリー」です。
根性だけでスクワット1000回をやっていた時代は終わりました。雨が降っても、マンションの上層階でも、この30分があれば登山の基礎体力を維持できます。
かつての歩荷の記憶を胸に、リビングという名の裏山へ登っている今日この頃です。
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