
松本市が2028年度の導入を目指すと正式に発表した「上高地の入園料義務化」。このニュースを前に、古くから日本の山を歩いてきたベテラン登山者のなかには、一抹の寂しさや割り切れなさを感じている方も少なくないのではないでしょうか。「山は誰にでも開かれたものであるべきだ」「なぜ慣れ親しんだ日本の自然に入るのに、今さらお金を払わなければならないのか」と。

世界に目を向けると、私たちが愛する上高地と非常によく似た「ある山岳渓谷」が、ひとつの明確な答えを出していました。
アメリカ・カリフォルニア州の至宝、ヨセミテ国立公園です。
ヨセミテが2026年から本格導入した「ある価格戦略」は、これからの日本の山岳管理、そして「日本の登山者をどう守るか」を考える上で、極めて重要なヒントを提示してくれています。
ヨセミテが踏み切った「非居住者+100ドル」の衝撃

美しい山岳と渓谷美、マイカー規制とシャトルバス運行による総量規制の歴史、そして特定の季節への観光客の集中――。ヨセミテ国立公園と上高地は、世界的に見ても環境特性が驚くほど似ている「双子」のような存在です。
そのヨセミテを含むアメリカの主要11国立公園で、2026年1月1日から大胆な新制度がスタートしました。海外からの非居住観光客(インバウンド)に対して、通常の車両入場料(約35ドル)とは別に、「1人あたり100ドル(約15,500円)」の追加料金(サチャージ)を課すというものです。
アメリカが打ち出したこの実質的な「二重価格制」の根拠は、非常に明快なものでした。米国内務省はプレスリリースのなかで、次のように言い切っています。
「アメリカの国立公園システムは、普段から税金(Tax)を通じてこの自然を支えているアメリカ国民の負担によって、何世代にもわたり維持されてきた。観光で消費するだけの非居住者が、それと同じ低価格で恩恵を受け続けるのは不公平である。彼らは将来の世代に公園を引き継ぐための、適切な負担(Fair Share)をすべきだ」
ここで重要なのは、彼らが「外国人」ではなく「非居住者(納税していない人)」という言葉を使って線引きしている点です。アメリカに住んで税金を納めている人であれば、国籍がどこであれ自国民と同じ据え置き価格で迎えられます。
これは「国籍差別」ではなく、「納税者への敬意(リスペクト)」に基づいた極めて合理的な価格コントロールなのです。
日本の山は、名もなき日本人登山者が「手弁当」で守ってきた

このヨセミテの思想を、ひるがえって上高地や日本の山岳に当てはめてみましょう。
日本の山は、決して国が管理する純粋な原生林だけではありません。古くは修験道や信仰の対象であり、近代以降は大学の山岳部やワンダーフォーゲル部、そして地域の山岳会やボランティアたちが、地道な草刈り、登山道の維持、そして自主的な救助活動によって、文字通り「手弁当」で守り育んできた歴史があります。
また、上高地を美しく保つための遊歩道の整備、木道の架け替え、し尿処理、外来種の除去といった莫大なコストは、今この瞬間も、私たち日本居住者が納めている限られた税金から賄われています。
インバウンドの急増による歩道の摩耗やゴミの処理コストを、データが不透明だからと一律の低料金で据え置き、結果として日本の納税者に負担を強いる現状は、果たして公平と言えるでしょうか。何世代にもわたって日本の山岳文化を支えてきた日本の登山者(もちろん納税者)にこそ、社会はもっと優しくあるべきです。
「遊ぶ入り口」は厳しく、「命の危機」には優しく

ここで一つ、大切な線引きをしておく必要があります。「受益者負担」を突き詰めるあまり、山で起きるあらゆるコストを自己負担化させようという極端な議論(新自由主義的な発想)には、慎重でなければなりません。
例えば、遭難救助費用の全面的な自己負担化などが叫ばれることがありますが、これは日本社会が築いてきたセーフティーネット(公助)の理念に反します。山で道に迷う、怪我をする、あるいは低体温症になるというのは、都市部での交通事故や急病と本質的に変わりません。「お金がない人は救助しない」という冷徹な社会にしてはならないのです。

だからこそ、制度の設計は「遊ぶための入り口(レジャーとしての入園)は厳しく、命の危機(救助などの福祉)には優しく」という非対称な形であるべきです。
上高地における入園料義務化は、まさにこの「入り口」のコントロールに使うべきです。
具体的には、ヨセミテに倣った「居住者割引」の導入です。日本に在住し、普段から納税している登山者は維持管理費程度の安価な設定に据え置き、観光として消費しに来る非居住インバウンドからは環境抑制価格(適正な高額料金)を徴収する。
そして、そこで得られた潤沢な外貨財源を、環境保全だけでなく、地域の警察・消防のレスキュー体制の強化や、登山道の整備へと還元していくのです。
「量から質へ」舵を切る、日本の山岳の未来

「インバウンドから適正に徴収したお金で、日本の登山者の命と安全、そして日本の山岳文化を手厚く守る」
この循環が作れれば、入園料の義務化はベテラン登山者にとっても「納得感」のあるものに変わるはずです。
「安く誰でも入れる場所」にして自然を擦り切れさせる時代は終わりました。上高地が目指すべきは、国際的な反発を恐れた一律の低価格維持ではなく、世界水準の「量から質への大転換」です。
日本の素晴らしい自然と、それを愛し支えてきた日本の登山者の尊厳を守るために。上高地がヨセミテのような「大義ある二重価格」へ踏み切る未来を、私は強く支持したいと思います。
コメント