ノースフェイス・カプッチョリッドを10年「ド正面・深被り」で通す理由

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登山用品のレビューを眺めていると、そこには時折、機能や着こなしに関する「定石」のようなものが漂っていることに気づきます。どのギアが数グラム軽いか、あるいはどの素材が数値上の透湿性に優れているか。そして、それをどう身に着けるのが、現代の「こなれ感」において望ましいのか。

ニット帽やビーニーと呼ばれるアイテムについて、世のファッション誌などでは「タグを少し左右にずらし、おでこを出して浅く被るのがお洒落のコツ」などと紹介されることが多いようです。アシンメトリー(左右非対称)がもたらす余裕や、あえて崩した「外し」のニュアンス。なるほど、街で見かける軽やかな着こなしには、そうした作法があるのかもしれません。

しかし、ノースフェイスの「カプッチョリッド」(ブランドを代表するロングセラー!)に関して言えば、私はどうしてもロゴを「ド正面」に据え、眉のラインまで深く被ってしまいます。

それが最新のスタイルに対するアンチテーゼだとか、流行へのささやかな抵抗だとか、そんな大層な志があるわけではありません。ただ、2013年頃からこの帽子を被り始め、山を歩き、岩に触れ、気づけば自然とこの位置に落ち着いていただけのことです。

眉間のロゴと、静止した視界

なぜ、眉まで深く被るのか。 理由は至って単純で、極めて実利的なものです。 ボルダリングの核心部でホールドを探る際、あるいは突風に煽られる冬の稜線で足元を見極める際、前髪が視界に割り込んでくることほど、救いようのない煩わしさはありません。眉のすぐ上まで帽子を下ろしてしまえば、前髪は完全にロックされ、視界は一定のフレームに固定されます。

ロゴをセンターに据えるのも、特別なこだわりではありません。 鏡に向かい、帽子を深く引き下げるとき、中心にあるロゴは「今、真っ直ぐに被れているか」を確認するための、単なる照準(サイト)のような役割を果たします。左右対称(シンメトリー)であることは、道具を扱う上での、ごく基本的な作法に過ぎないと感じています。

「浅く被ったほうが、顔立ちが明るく見えますよ」 もし親切な店員さんにそうアドバイスされたとしても、私は「放っておいてくれ」と口に出すほど野蛮ではありませんが、おそらく静かに微笑んで、そのまま深く被り続けるでしょう。頑固と言われればそれまでですが、山でも街でも、私にとっての「普通」はこの位置にしかないのです。

10年という歳月、59gのシェルター

愛用して10年が経ちました。 さすがに伸縮性が劣化し、外で強い風に吹かれると脱げそうになるほど「だらん」と伸びてしまったため、この度、色違いを新調しました。

実測で59g。 公式には「ボクサーパンツ一枚分」ほどの重量です。デイパックの隅、あるいはパンツのポケットに無造作に丸めて放り込んでおけるこの軽さは、パッキングのストレスを微塵も感じさせません。

しかし、いざ着用すれば、ホールガーメント(無縫製)特有の継ぎ目のないフィット感が頭を包みます。深く被り込んでも、縫い目が当たって痛むような箇所はどこにもありません。

裏地のない編み目は、光にかざせば透けて見えるほどの通気性を備えています。UVカット率95%以上という数値も頼もしい。冬の防寒はもちろん、夏場でもハイクアップの際にオーバーヒートしにくい。この「必要十分」な機能の積み重ねが、結局のところ、私をこの帽子に縛り付けている正体かもしれません。

カプッチョという名の静寂、リッドという名の蓋

この「カプッチョリッド(Cappucho Lid)」という不思議な響きの名について、時折考えることがあります。

語源を辿れば、イタリア語で修道士のフードや頭巾を指す「カプッチョ(Cappuccio)」に行き着くのでしょう。カプチーノの由来が、その茶色い頭巾の色にあるという話は有名です。そして「リッド(Lid)」は、文字通り「蓋(ふた)」を意味します。

フードであり、蓋であること。その名の通り、この帽子は単なる防寒具を超えて、頭部を外界から隔絶する「可搬型のシェルター」のような役割を担っているように思えます。

私がこの帽子を眉まで深く被り、ロゴを正面に据えるとき。それは、聖職者がフードを深く被るように、あるいは器にぴたりと蓋をするように、自分という存在に「境界線」を引く儀式に近いのかもしれません。外界の喧騒や、流行という名の風を遮断し、フードの中に閉じこもるようにして自分の視界と呼吸に集中する。

カプッチョという名が示す、修道士のようなストイックな静寂。
リッドという名が示す、余計な自意識を閉じ込める確かな蓋。

この59gのニットに冠された名は、図らずも私の「深く被る」という無意識の作法を、静かに肯定してくれているような気がするのです。

究極の普通、ノームコアへの回帰

そうして髪型を隠し、眉まで深く覆い、ロゴを正面に据える。 自分の個性を消し去り、プロダクトの一部に同化してしまうこと。 それは、昨今語られる「ノームコア」という概念の、一つの極致かもしれません。自分を飾り立てることを放棄し、ただの「一人の登山者」、あるいは「一人の通行人」として風景に溶け込む心地よさ。

流行の「こなれ感」をなぞるよりも、自分に馴染んだ道具を、馴染んだ位置で使い続ける。 そこには、声高に宣言するほどの「こだわり」すら存在しません。これまでこのスタイルできたし、これからもこのスタイルでいく。ただそれだけのことです。

ノースフェイスのカプッチョリッド。 色は、やはりアースカラーがいい。私の好みが変わらない限り、この59gの相棒もまた、私の眉間でセンターを保ち続けることでしょう。

たとえそれが、世に言う「お洒落な被り方」の対極にあったとしても。

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