登山家が都会で着る「冒険の匂い」。フィッシャーマンズカーディガン

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写真家の故・星野道夫さんが、アラスカの原野へ赴く際の装いについて書かれた一節を読んだことがあります。

極北の厳しい自然に向き合うとき、彼は最新鋭のハイテク素材ではなく、普段から愛用しているニット帽やセーターをそのまま持ち込んでいたそうです。

氷点下の荒野でも、東京の喫茶店でも、同じものを纏い、同じ眼差しで世界を見る。

その「生活と冒険が地続きにある感覚」に、私は強烈な憧れを抱かずにはいられません。

もちろん、現代の雪山登山において、命を守るためにはゴアテックスやフリースといった最新素材が不可欠です。しかし、だからこそ思うのです。

せめて安全な都会(コンクリートジャングル)にいる時くらいは、その反動として、かつての冒険家たちが愛した「野趣」を身に纏いたい、と。

私が日常の相棒として選んだのは、英国の漁師たちが波飛沫と寒風に耐えるために着ていた、JM COOPER(ジェイエムクーパー)のフィッシャーマンズカーディガンです。

無印良品からの卒業、そして「本物」へ

これまで私は、無印良品のウールカーディガンを愛用してきました。

シンプルで使い勝手が良く、私の「ノームコア(究極の普通)」志向にフィットしていましたが、長年の着用でついに肘が擦り切れてしまいました。

買い替えにあたり考えたのは、「次は、一生添い遂げられるほど頑丈な『道具』のようなニットが欲しい」ということ。

そこで白羽の矢を立てたのが、ニットの本場・英国で製造されたこの一着でした。

祈りが込められた「縄」の編み目

パッケージ

リーフレット

洗濯タグ

肘パッチも天然素材です。

全体像

「フィッシャーマンズセーター」は、別名アランニットとも呼ばれ、アイルランドのアラン諸島の漁師たちが着ていた作業着に由来します。

この特徴的な凹凸のある編み目には、単なるデザイン以上の意味が込められています。

  • ケーブル編み(縄): 漁師が使うロープを表し、「大漁」と「安全」への願い。
  • ハニカム(蜂の巣): 勤勉な働きへの賛美と、報酬への期待。

それぞれの編み柄は、海という死と隣り合わせの自然に挑む男たちを守るための、いわば「祈り」や「護符」のような意味を持っていたのです。

この背景を知ると、山という厳しい自然に向き合う私たち登山愛好家の心にも、静かに響くものがあります。

五感で感じる「英国羊毛」の野性味

袖を通した瞬間、ファストファッションの柔らかなニットとは明らかに違う感覚に襲われます。

まずは「匂い」です。

微かにですが、未精製の羊毛特有の、脂(ラノリン)の匂いを感じます。それは不快なものではなく、かつて羊が雨風を弾くために纏っていた天然のオイルの証。まさに「生き物の素材」を着ているという実感です。

そして「重み」。

ずっしりとした重量感が肩にかかります。しかし、その重さは不思議と心地よく、まるで分厚い毛布か、あるいは鎧に守られているような安心感を与えてくれます。

「道具」としての肘パッチ

私がこのモデルを選んだ決定的な理由の一つが、このスエードの「エルボーパッチ(肘当て)」です。

現代ではファッション的なアクセントとして捉えられがちですが、本来は最も摩耗しやすい肘を補強し、服を長く着続けるための機能的なディテールです。

無印良品のニットの肘を擦り切らせてしまった私にとって、これは飾りではなく、長く付き合うための必須機能でした。

都会の喧騒の中で、原野を思う

実際に着てみると、このカーディガンは驚くほど現代の生活に馴染みます。

シャツの上に羽織れば適度なきちんと感が出ますし、あえてクルーネックのTシャツやデニムと合わせれば、気取らない大人の休日スタイルになります。

飾らないけれど、骨太。

その佇まいは、「登山愛好家の都市生活」にぴったりとハマりました。

終わりに:経年変化という楽しみ

星野道夫さんのように、アラスカの原野でこれを着て旅をすることは、今の私にはできません。

しかし、都会のビル風に吹かれながらこのカーディガンの重みを感じる時、私の心は少しだけ、遠い自然と繋がっているような気がします。

これから5年、10年と着込み、毛玉ができ、自分の体の形に馴染んでいく過程そのものが、私にとってのささやかな冒険です。

効率化ばかりが求められる現代だからこそ、こうした「重たくて、不器用で、愛おしい」相棒を、大切に育てていきたいと思います。

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